月下美人 (1/3)



   月下美人


 その日は、この夏のうちでも最も暑い日だった。
 男は一人、縁側にたたずんでいた。照りつける強い日差
しが、風景をわずかに歪める。
「今夜か‥‥。」
 ひとことだけ、男はつぶやく。空の端から沸き起こるよ
うに現れた雲が、巨大な塊となり、夕立ちを降らせる。
 大地を被い尽くさんばかりに降った夕立ちもやがて上が
り、太陽もその力をわずかに衰えさせながら沈んでいく。
夜とともに登りはじめた月は、満月だった。
 その月を確かめるように一瞥して、男は立ち上がる。

     ・  ・  ・

 夜の砂利道を男は急ぐ。すでに町から離れ、人の灯りの
届かないところまで来ていた。空を埋め尽くさんばかりに
星が光り、月が白い砂利道を照らし出す。

 男はその中を吸い込まれるように歩をすすめる。

 遠く、かすかに守宮(やもり)の声が聞こえた。
「『死んだ恋人は甦らない』か。」
 男はそうつぶやくと、足元の小石を蹴飛ばした。
 石は、音もなく闇に吸い込まれた。

      ・  ・  ・


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