月下美人 (2/3)
男が墓についた頃、月は雲に隠れ、あたりは漆黒の闇の
中に沈んでいた。男は慎重に墓の裏手まで進み、立ち止まっ
た。彼の視線は、茂みの方へと向いていた。闇の中でも一
目でそれとわかる、人の背丈ほどの、歪な茎が生い茂って
いる。何の気配もないのに、ざわざわとその茎がうごめい
ている。
どこからかかすかに甘い匂いが漂ってくる。男はそのま
ま、待っていた。やがて、茎のざわめきが大きくなり、闇
のなかにほのかに白いものがいくつか浮かび上がり、あた
りにむせ返るような、甘い香が立ちこめる。
男は待っていた。
何の前触れもなく、月明りがそそぐ。
男の視界中に、白が広がる。異形の茎から生え出ずる、
純白の、大輪の凶々しいまでに美しい花−月下美人−が。
数え切れないほどの花が、各々に何かを求めるかのように
うごめき、今、目の前で開いている。花が開くにつれ甘い、
官能的な香も強くなり、そこにあるものすべてをつつみ、
浸食していく。
男はその香りに身を締め付けられるように立ち尽くして
いた。その大輪の花を惜しげもなく開き切った月下美人は、
開き切ってもなおうごめいていた。
彼はそれを見ると、甘い、淫らな空気を掻き分けるよう
にして近づき、言った。
「やっと‥‥‥、いや、また、会えたね。」
救いを求める白蛇のように、求め続けていた花の一輪が、
男に近づく。そして、彼の口唇を奪った。
男はそのまま目を閉じて立ち尽くしていた。
永遠かとも思える一瞬。
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