Word by - 中島陽典/Illustration by - WAKAME 
 



[ 中島陽典(YOSUKE NAKAJIMA/俳優・演出家)]

> 1960・6・23名古屋生。蟹座。B型。日本大学芸術学部中退。
> 身長170cm・体重57kg。
> 持病:C型肝炎。
 
> [劇団GAYA]に参加後、1980年石井聰互の「狂い咲きサンダーロード」で映画デビュー。81年、同じく石井監督の「SHUFFLE」で主演。その後サラリーマン生活を経て、84年欽ちゃんの番組に出演。俳優としてテレビ、映画、舞台、CM等で仕事を続ける。
 
> 91年
演出家としての活動もスタート、「ZOO」「死の棘1999」「HARVEST」等を発表。最近ではCMのナレーション、シナリオ、エッセイ、映画評などにも手をのばし始めているらしい。  

[ PROFILE ]
> 1960年06月23日
愛知県名古屋市中村区の日赤病院で産まれたらしい、父・正巳(当時35歳)、母・一江(当時30歳)の末っ子として。
生まれたその日の夜中、魔女が見に来たと母が言っていたのを聞いたことがある。
一歳のときストーブの上に掛けてあったヤカンをひっくりかえし頭から熱湯をかぶる。医者は助からないと匙を投げたが母はあきらめず教会の聖水に僕を浸け一命をとりとめる。今は右手の小指と薬指にそのときの火傷の記憶を残すのみ。

> 松原幼稚園を経て、江西小学校に入学。
> 入学式の日にデパートの階段を踏み外し右足骨折。
> 小学三年の時に亀島小学校に転校。
> 四年の時、担任の白木先生を好きになる。
> 五年の時、姉・直美死亡。
> 六年の時、安藤君にオナニーのヤリ方教わる。

> 1973年
私立滝中学入学。この年の四月、映画「ポセイドンアドベンチャー」を観る。それをキッカケにして映画にハマり、平行して本と音楽にもハマッて行く。

> 1976年
私立エレベーター式で滝高校入学。この年の四月、中学3年間ずーっと好きだった伊藤鎮代さんに生まれて初めて自分の気持ちを告白する。みごとフラレ、ヤケになり好きでもない女の子数人とキスをしまくり肉欲に溺れ不良になって行く。
高校三年の春、キャロル(昔、矢沢永吉がいたグループ)が書いた本「暴力青春」片手に新幹線で東京に家出。たった一週間で挫折し戻る。その数日後、親友の平松正嗣が姉の婚約者運転する車の助手席に乗り電信柱に激突。即死。
これで青春も終わりかなとつぶやく。

> 1979年
日本大学芸術学部演劇学科舞台美術コースに進む。
劇団GAYAにスタッフとして入るも俳優をやらされる。それがぐうぜん石井聰互の目に止まり、「狂い咲きサンダーロード」「SHUFFLE」に出演。
そんななか両親自殺、初恋の人・伊藤鎮代さん変死。
絶望を抱え込み大学を中退、暗い成人式。

> 1982年09月01日
結婚。世界を放浪したく資金稼ぎのためサラリーマンになる。

> 1984年
長女・子嶺麻(シネマ)誕生。俳優・三浦洋一さんからの突然の電話により欽ちゃんの番組「日曜九時は遊び座です」に出演。以後テレビ・映画・舞台の世界に身を置くことになる。

> 1985年
映画「Ronin」で天才監督・河合義隆と出会う。心をエグル演出に神経をズタズタにされる。

> 1986年
日生劇場公演「奇跡の人」の初日本番中に次女・舞宙音(マチネ)誕生。
仕事をコナしていくも自立神経が失調していく日々が続く。  

> 1989年
長男・寧泳(ネオ)誕生。  
監督・河合義隆氏自殺。本気で自分の精神バランスがとれなくなる。

> 1991年
自分の内側に興味をもち演出活動始める。

> 1994年02月16日
離婚。しかし同居は続ける。

> 1999年
子供たち千葉に引っ越す。孤独に会う。おまけにC型肝炎にかかり絶望に落ちる。

> 2000年
俳優・三浦洋一さん、ガン死。


               


[ WAKAME ]

> 1968・8・16 東京生。獅子座。O型。

> 性質:短気。小心者。

> 94年ごく普通のOL生活を寿退社。
その後、突然、作品を制作しはじめる。
デジタル、アナログの見境なく、興味の赴くままに手を染めたが、
ここ数年は、イラストと雑貨デザインに落ち着いている。

 


               

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