bo-bo-記 rec.0101 01.02.16



映画感想文『ダンサー・イン・ザ・ダーク』」
  


 「奇跡の海」という映画をご存じだろうか。監督はラース・フォン・トリアー。主演は北欧の戸川純、エメリー・ワトソン。 映画の舞台はスコットランドの寒村。そこに一組の夫婦がいる。妻は夫のことを過剰に愛している。夫は油田の採掘現場で働くため家を長く留守にすることが多い。妻は夫に逢いたくてたまらない。そこで神様にお願いしてみる、夫が早く帰ってきますように・・・・。願いは叶い、夫は予定より早く帰って来る。現場で大ケガを負い前進麻痺の体になって・・・・。夫は妻に言う「もうお前を抱くことは出来ない、外に男を作りそいつに抱かれてくれ、そしてその時のことを話して欲しい」。妻は夫の言うとうりに男たちと次々に関係していく。そしてついに野蛮な男たちに暴力的に犯され命を落とす。一組のカップルの業を描いた救いのない映画である。

この映画、手持ちカメラを多用してるため観ていて非常に疲れる。映画の構成上、章ごとに別 れていて、この章と章の間にスコットランドの美しい風景の静止画像が入り、そこに60〜70年代のロックがかかる時だけやっと一息つける感じだ。でも、あくまで気分はズーンと重い。正直いってこの映画を見終わった僕は“落ち”ていた。映画館を出ると、入ったときには明るかった渋谷の街がすでに暗くなっていて、おまけに雨がザンザン降っており、よりいっそう“落ち”た。この世の中に“救い”はあるのだろうか。あるとすればソレはいったいドコにあってドンナかたちをしているのだろうか。


そんな思いを引きずって三年が経った。ラース・フォン・トリアー監督が今度は歌手のビョークをつかって「ダンサー・イン・ザ・ダーク」というミュージカルをつくったという。おっ、今度は気分を変えてカラッと明るいものでもつくってくれたか、そう期待を込め2001年の映画初めに僕はこの映画を選んだ。映画が始まった。あれ、また手持ちカメラだ。いやな予感がした。

舞台は北欧と思われるとある小さな工場町。そこで働くビョーク演じるセルマ。セルマは遺伝性の病気のため目があまりよく見えません。と、いうより盲目に近いくらいです。彼女には息子が一人います。息子も遺伝のため目がよくありません。若いうちに手術をしないとセルマのように目が見えなくなってしまいます。セルマは息子に手術を受けさせるため、毎日毎日莫大な手術費を稼ぐために小さな工場で一生懸命働きます。工場が終わった後も家で内職をします。なんでそんなに・・・・、この辺りでもう胸が痛くなってきます。

セルマはミュージカルが大好きです。きっと、彼女にとって嫌な現実から逃避できる唯一の方法なのでしょう。彼女の気持ちは映画が好きな僕はよくわかります。映画は現実を忘れさせてくれるのです。映画が始まって終わるまでのとても短い間だけど、嫌な現実からほんのちょっとだけ夢の世界に自分を引きずり込んでくれるのです。セルマはこの夢の気持ちが終わらないようにラストシーンは絶対に見ないようにしていると、映画の中で語ってくれます。ううっ、泣かせるじゃございませんか。先を急ぎます。

ある日、セルマのお金が盗まれます。それもセルマに親切だった人の手で。セルマはお金を返してほしいと、盗んだ人のところに行きます。そこで誤ってその人を打ち殺してしまいます。お金を取り戻したセルマはそのまま病院に行き、私の息子が来たら目の手術をしてほしい、と言伝てお金を病院に預けます。彼女はその後、捕まり、裁判を受け、死刑を宣告されます。死刑の日が一週間後に迫って来ました。セルマは怖くなります。死んで行くのがとてもとても怖いのです。そこにセルマの友人たちが雇ったある弁護士が刑務所のセルマのところへ訪ねてきます。その弁護士が言います。あなたが同意すれば一回だけ死刑の延期が認められ裁判のやり直しが出来る。セルマは嬉しくなりサインをしようとします。が、あることに気づきます。裁判の費用です。
セルマは訪ねます、「裁判の費用は・・・・」。
「君の友人達が提示した額で僕は引き受けたよ」、そう弁護士は言いました。
でも、その額は息子の手術費に彼女が貯めたお金と同額だったのです。
セルマは友人を呼びつけました。
「勝手なことをしないで、息子の手術を早くして!」
「あの子には母親が必要なのよ!!」
「目が見えなくなってからでは遅いのよ!!!」
母親が必要と言う友人の意見にセルマは耳も貸そうとしませんでした。彼女は自ら死刑を選んだのです。息子が自分のような身体になるのを避けるために・・・・。そして死刑の日がやって来ました。セルマは怖くて仕方ありません。でも、自分で選んだことです。残酷にもその時はやって来るのです。最後刑が執行される直前、友達がセルマに息子の眼鏡を握らせます。セルマはそれで息子が手術を受けたことを知り小さくほほ笑み、そして歌い出します。そのとき無残にも刑は執行され、セルマの身体は宙にブラ下がりました。
それでも彼女の歌声だけはつづき。
いつまでも終わることがありませんでした。

この映画、セルマがいくつものつらい状況に陥るたび、彼女が“これは映画のワンシーンなんだ”と思い込もうとするため、ところどころミュージカルっぽくなります。それがまた、見ているこちらを谷底に突き落とします。いいよ、もういいよ。わざわざミュージカルにしなくていいよ。よけいツラクなるよ。そう、思ってしまうのです。とくにセルマが誤って、お金を盗んだ人を撃ってしまうところなんか、息子がいきなり登場して「ママはわるくない、仕方がなかったんだ」と自転車で庭をグルグルしながら歌うのです。なんだか僕は具合が悪くなってしまいました。涙腺も泣き過ぎてどうにかなってしまうし。倒れそうになりながら家路につきました。年間封切る映画の中で見なくてはいけない一本であることは確かな映画だけれど、もう一回見たいとは決して思わない映画である。ましてや年の初めの一発目に観る映画としてはもっとも不適切な映画であります。というわけで、皆さんラース・フォン・トリアー監督には気をつけましょう。

 

 next rec.

 

(C)ChildishWorks&PlayHouse 2000, All rights reserved.

 

HOMEProfileActivityWhat's bo-bo-bo-bo-recordMailmagazine