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bo-bo-記 rec.0103 01.02.20 「映画感想文『僕たちのアナ・バナナ』」 |
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その頃の僕の小学校の席変えはクジ引きで決めていた。それが行われるのはいつも先生の気まぐれで、それはある日突然行われた。先生が黒板に全ての座席を描き、その一つ一つに番号をふっていった。生徒は先生から廻されてくる丸められた紙切れをひとつ摘まんだ。その紙切れに書いてある番号と同じ番号が書かれている黒板の場所が新しい席になる。隣になるのは男子か女子かもわからない。公平なクジである。その日、僕の隣に坐ることになったのは、田中ゆう子さんだった。 僕はそれまで彼女に対して全くといっていいほど興味がなかった。なかったというよりそういう対象ではなかった。そういう対象っていうのは好きとか嫌いとかゆうたぐいのことである。だって、そのころ僕は岩月さんというお淑やかで小さな、手に乗りそうなぐらい小さな女の子が好きだったのだから。でも、でも、でも、である。田中さんが隣に坐った瞬間から、もっと詳しくいうと。田中さんが隣に坐って僕の頬ッペタを鉛筆でつついた瞬間から彼女のことが好きになったのだ。 さあ、次の日から大変である。来る日も来る日もドキドキドキドキドキドキドキドキ。だってこの人、女の子のくせに忘れ物が多い。やれ消しゴムがない、鉛筆削りを忘れた、教科書がないから見せて。と、さすがにおくての僕でも自然と彼女に近付くことになってしまう。だって狭い机の上で二人で一つの教科書を見るわけだよ。なんとなく特別 な雰囲気になるではないか。僕と彼女は男友達のように仲良くなった。休み時間も彼女は男の子と同じように野球やドッジボール、サッカー、なんかをした。足もすごく速かった。彼女より足の遅い男子はたくさんいた。僕は足がものすごく速かったため、鬼ごっこをしても彼女に捕まることはなかった。でも、やっぱり彼女は女の子。よく見ると胸の辺りが少しだけ膨らんでいる。僕は一人でチラチラとその方角に視線を走らせ、一人で赤くなっていた。ドキドキドキドキドキドキドキドキ。そんな挙動不審な僕の姿を見ると彼女は決まって、なんだよう、と鉛筆で僕の頬ッペタをつっつくのだった。そしてまた、教科書見せて、なんて言って寄ってくる。僕たちは僕たちだけの距離感に身を置いた。それは、とても心地のよい身の置き方だった。 ある日、名古屋に雪が降った。それも大雪だ。学校の校庭にもかなりの雪が積もった。僕たち男子は大喜びで雪合戦を始めた。多くの女子はそんな男子を横目にストーブを囲んでいた。フン、だから男子は幼稚で困るのよ、犬じゃないんだから雪ごときではしゃがないでほしいワ、こっちは生理痛でキツイんだから。そんな声が聞こえてきそうだった。でも、田中さんは違った。たった一人僕らに交じって雪合戦に加わり、雪の中を走り回った。僕は彼女に雪をぶつけた。力一杯ぶつけた。これでもかとぶつけた。彼女もたくさんたくさんぶつけてくれた。たくさんたくさん・・・・。僕は知っていた、近々彼女がどこか遠くへ引っ越すことを、彼女のお父さんの仕事がうまく行っていないことを、彼女のお姉さんが不良の仲間には入っていることを・・・・。そしてそういうことは小学生の僕には、何も出来ないし、してあげられないことも・・・・。数日後、彼女はクラスのみんなに挨拶もしないで、よその学校に転校した。 「僕たちのアナ・バナナ」を新宿のシネマカリテで見た。お話しはこんな感じだ。 舞台はニューヨーク。小学生のジェイクとブライアンそして明るくて活発な女の子アナの三人は大の仲良しだ。三人の友情は学校でも家でもどこへ行っても揺るぎない。この子役の三人がとてもイイ。もう、可愛くて楽しくて見ているだけで幸せな気分になれる。こんな子供時代が遅れたら僕も屈折することなく成長できただろうに。でもそんな三人にもお別 れの日がやってくる。家の都合でアナが転校してしまったのだ。三人は肩を抱き合い、ただ泣くばかり。 月日が流れて・・・・。 お互いにそれなりに大人になり。ジェイクはユダヤ教のラビ(指導者)にブライアンはカトリックの神父に、それぞれ成長する。ニューヨークに住む二人は今でも仲良し。カトリックとユダヤ教の交流のクラブを造ろうと今日も打ち合わせに余念がない。そんなある日、突然アナがニューヨークに帰って来た。それもとても美しい女性に成長して。 いやあ、これがホントにイイ女性なのだ。キレイでスタイルよくて愛嬌があって笑顔が可愛くて、もうオラはアナにゾッコンだ。ジェイクもブライアンもアナにゾッコン。オラと同じだ。二人はアナに恋をする。 しかしだ、ブライアンはカトリックの神父。神に仕える身。セックスもオナニーも駄 目。神父に恋はご法度だ。同じようにジェイクはユダヤ教のラビ。こちらも戒律がある。同じ宗教以外の女性とは恋も結婚も駄 目なのだ。オラには戒律はないのだが、C型肝炎で貧乏だ。えっ、聞いてないって、そうだよね、聞いてないよね(トホホホ・・・・)。二人は恋と友情と戒律に板挟み。 さて、最後にアナが選ぶのはジェイクそれともブライアン、それともオラ? 製作、監督、そしてブライアンにエドワード・ノートン。なんと初監督作品。それまでニューヨークが舞台の映画といえばウッディ・アレン、マーティン・スコセッシだったが。もう一人付け加えてあげたい。優しく軽いノートンのニューヨークがここに出来た。この人、俳優としても「アメリカン・ヒストリーX」(1998年)からこんな軽いコメディまでホントに演技の幅が広くていらっしゃる。向こうの俳優さんの懐は本当に深い。うらやましい限りである。 し、しかしだ。この映画を観た数日後。某NHKで土曜の夜、「ダーマ&グレッグ」というアメリカのファミリー・コメディドラマをやっていた。少しでも笑いの取れる箇所になると、オーバーな観客の笑い声の入るあのての番組だ。それを観ていた娘が、この人「アナ・バナナ」の人だよ、そう言うので。なんだと!思わず大きな声を張り上げながらテレビの前へいった。えっ、これがアナ・バナナ?なんだかちがうぞ、アナはもっと若くて明るくてなんといっても輝いていたぞ。そう思った。でもそのテレビに出演していたのは確かに女優のジェナ・ウルフマンだったのだ。う〜ん、そうなのだ。女優という生き物は作品で輝いてこそ、作品の中で生きられてこそ、女優としての本当の価値があるのだ。そういう意味で彼女は「僕たちのアナ・バナナ」という映画に出会えて本当によかったと思う。 「君を待っていた、君を離したくない。
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