bo-bo-記 rec.0104 01.02.22



“三着の水着”と“要冷蔵の財布”」
  


 歌手の“鈴木あみ”がテレビのCMに出ている。
 それを見ていた細君。

 「髪の毛、切ろうかなぁー。」
 「このあいだ美容院へ行ったばかりじゃないか。」
 「“鈴木あみ”にしたいのよ。」

 《おいおい、顔は“鈴木あみ”には、ならないんだよ。》

  そう、言おうとしてヤッパリ言えない僕は意気地なし。

 細君が三泊四日の温泉旅行に行くと言う。いつものように荷造りのお手伝い。毎度思うのだが、なぜ女性の旅行荷物は多いのか。着替えをそんなに持っていってどうしようというのだ。そんなにオシャレをして、着替えて、誰に見せるというのだ。言っとくが君が行くような温泉地にキムタクは来ないぞ。ラルクもいないぞ。もちろんブラッド・ピットなんて論外だ。わかっていらっしゃってるのだろうか。心配だ。
  この日の細君の荷物の目玉はなんといっても水着だった。その温泉には温水プールがある。僕も行ったことがあるのでそれはわかっている。確かに水着はいる。しかしだ、三着はいらない。三泊四日で三着だ。温泉地の温水プールだよ。ほとんどみんな温泉に入るのでプールはがら空き。ほぼ貸し切り状態なのよ。それなのに三着はないでしょう。

 僕は控えめに聞いてみた。
 「この三着の水着は一緒に行く友達の分かしら、
  それとも恵まれない人達に寄付でもするのかしら。」
 「なにを言ってるの?私が着るのよ。」
 「だ、だって。三着は着ないでしょう。三泊四日で三着は・・・・。」
 「着ます。」
 言われてしまった。キッパリと。
 僕は言い返すのをやめた。

次の日の朝、細君は重たいバッグをものともせず―――普段ニンジン一本でも重い重いと言っている彼女はモチロンそこには居らず―――楽しそうに出掛けて行った。
さーて、今日から三泊四日間は独身貴族だ。
夕方、ひとり残された僕はゴロゴロしながら「くたばれハリウッド」(ロバート・エヴァンス著)をダラダラと読んでいた。
そのとき、久しぶりに家の電話が鳴った。
でると細君からだった。

 「ねえ、水着がナイの。」
 「ナイって言ったって、昨日しまってたじゃないか。それも三着も。」
 「それがナイのよ。1着も。」
 「そんなバカな。」
 「ばか?!」
 「(慌てて)バカっていうのは君のことじゃないよ。オレのことだよ。」
 「当たり前です。」
 「で、何処に忘れたの」
 「わからないのよ。あなた、隠してないわよね。」
 「何で、僕が隠すの。理由ないよ。」
 「バカにしてた。昨日。三着も持っていくのかって。鼻でバカにしてた。」
 「してないサ。君のオシャレ心に敬意を払ったのサ。」
 「とにかく、すぐに家中探して電話ちょうだい。頼んだわよ。」
 「ちょっと、待ってくれ。とにかく今はナイんだから、帰ってからユックリ探せばいいじゃないか。
  いま僕が探して見つかったとしても、そっちまで持って行くわけにはいかないだろ。」
 「だって家になかったら、歯医者さんにあるかもしれないから、
   電話して聞かないといけないのよ。」
 「歯医者って?」
 「新幹線に乗る前に歯医者に寄ったのよ。」
 「あんな重い荷物を持って?」
 「旅行中に歯が痛くなったら困るでしょ。」
 「オレは別に困らないゾ。」
 「いいわネー。無職の人は。」
 「おいおい、それは今関係ナイだろ。」
 「とにかく、歯医者に行ったの。」
 「わかった、わかったよ。確かに君は歯医者に行った。それはわかった。
  でもだ、歯医者であの大きなバッグを開ける必要はないだろ。
   財布はいつもウエスト・ポーチに入っているし。
   それともなにかい。君の通ってる歯医者は診察のとき水着に着替えないと行けないのかい?
   もしそんな歯医者だったら、オラも行ってみたい。」
 「それが開けたのよ、バッグ。」
 「どうして。」
 「先生がガムくれるっていうから。」
 「ガムだったら、ポケットにしまえよ。ガムなんだから。」
 「それが箱でくれたのよ。箱で。それも大箱で。」
 「あんなに荷物があって、その上に大箱のガム?」
 「そうなのよ。大変でしょ。」
 「断れよ。そんなの。」
 「だって、もったいないじゃない。」
 「じゃあ、次回にしてもらえよ。今日は荷物がありますからって言って。」
 「ないわね。」
 「なにが。」
 「ないのよ、次回は。あーいった所には。」
 「それってなに。“したり顔”ってやつ。」
 「ウルサイナー。電話代もったいないから切るよ。捜しといてね。じゃあね。」

 ヤレヤレ、いっぺんに三年ぐらい歳をとった感じだ。ヨロヨロしながら二階に上がり、昨日荷造りをした辺りを探してみる。ない、なにもない。松吉と梅子(猫チャン)が二匹寝ているだけだ。まるで仲のいい老夫婦のように二人シッカリと寄り添っている。可愛い奴らだ。こういったとき動物のいじらしさが、じっと見つめた自分の手の指と爪の間に滲みてくる。松吉があくびをする。梅子もする。瞬きを数回繰り返し、またユックリ目を閉じる。この子達を見ているとホント気持ちがナゴむ。ホーっとこちらも息をひとつ。見ると息がうっすらと白い。夜の空気が何処からか入り込み寒くなって来た。猫チャン達にカニカマ(カニ蒲鉾)をあげる時間だ。“カニカマあげようか”そう言うと、わかっているのか二人とも僕より先に下に降りていった。フト、二人が今まで寝ていた場所に目をやると、黒いビニール袋があった。もしやと思い手に取って見ると、中から水着が三着出てきた。

なんだか急にバカバカしくなり。ひとり部屋の中で笑った。大きな声で笑い続けた。空しいくらいお可笑かった。僕は昔からバカ笑いをすると“落ちる”癖がある。理由は分からないが。なにか切ないのだ。ビニール袋には猫ちゃんの体温が残っていて、その暖かさがよけいに孤独感を誘い、僕はいつまでもバカみたいに笑い続けた。
 あっ、今日は細君がいないんだ。
 今さらのように気がつき、急に気持ちが不安定になり。予想通り、僕は“落ちた”。

 数日後、三泊四日の旅を終え細君が帰って来た。

 「夕飯の買い物も済ませて来たわ。」

 お土産の袋と一緒にクィーンズ・伊勢丹の袋を僕に渡す。冷蔵庫にしまってちょうだい、の意味だ。透明のビニール袋に入っている品物を冷蔵庫にしまう。これはお土産の漬物だから上の段。このお酒は細君の湯上がり用だから取り易いところへ。これは冷凍庫、これは野菜室。 いろいろ細かい神経を使う。
そして細君はあの三着の水着と御対面。“私ってなにしてるのかしら”旅の疲れもあいまって遠くを見つめる細君でした。
そして次の日。僕が娘と近所のスーパーで昼飯の買い物をしていると仕事に出掛けている細君から携帯に電話が。

 「ねえ、ないのよ。」
 「えっ、なにが。また水着?」
 「財布がないのよ。」
 「おいおい、オレは知らないぞ。」
 「そうよねえ・・・・・。」

 いちおう近くにいた娘にも尋ねてみます。

 「お前、細君の財布知らないか?」
 「知ってる。何処かで見た」
 「えっ、(細君に)娘が知ってるってよ。後でかけ直すよ。(電話切る)」
 「(娘に)何処でみた?」
 「うーん、何処だたっけなー。」
 「何で言わないんだ。」
 「忘れたの。言おうと思ってて忘れたの。」
 「で、どこでみた?」
 「あっ、野菜室だ。」
 「野菜室?」
 「冷蔵庫の野菜室。」
 「なんで、そんなところに。」
 「わからない。おまじないでもしてるのかなあって思ってた。」
 「そんなことないだろう。だいいち何のおまじないだ。」
 「だって風水とか好きじゃん。」
 「いくら風水でも野菜室に財布は聞いたことがないぞ、その前に聞けよ。
   野菜室に財布があったら。」
 「だから、聞こうと思って忘れたのよ。」

 とにかく帰ろう。
 帰って野菜室を開けるとそこに財布はあった。ご丁寧に透明のビニール袋にくるまれて、トマトの横にチョコンと、まるで“ここが俺の場所”と言わんばかりに堂々と。もしもし財布君、そんなに偉そうにそこに坐っていても、ここは君がいるところではないんだ よ。ここは野菜室、君はオヨビデナイ。そう言い聞かせて僕は財布君を救出した。彼の体はすっかり冷えきっていた。

  僕は細君に電話した。

 「いたよ。野菜室に。」
 「やっぱりあなただったのね。」
 「ああ、きっと入れたのはオレだろう。というよりオレです。
  でも、透明のビニール袋に入ってクィーンズの袋に入っていてみろ、誰でも間違えるぞ。
  どうして、透明のビニール袋に財布を入れたんだ。」
 「・・・・・・・・・・・忘れた。」

 細君は都合が悪くなるとすぐモノゴトを忘れる。
 オラを陥れる為のネタの記憶はイイくせに。チクショウ。

 「とにかく、財布が見つかって良かったわ。明日は美容院に行って“鈴木あみ”にしてくるネ。」

 “ネ”って言われても、こうなってくるとこちらとしても返す言葉がない。

 次の日、細君は予定通り美容院に行った。

 「どう?“鈴木あみ”でーす。」

 美容院から帰って来た彼女を見て僕は、“鈴木あみ”の原型を思い出せなくなってしまった。
  “鈴木あみ”って誰?どんな顔して、どんな感じだったの?
 そういった記憶がみごとに何処かへ消えてしまった。

 ああ、どうしてくれよう・・・・・・。

 

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