bo-bo-記 rec.0106 01.03.09



《100回でやめようと思ったいいかげんな理由》と《自作のこと》そして《春はパラノイアが飛んでくる》」
  


 [bo−bo−記]は100回で終わるんじゃなかったのか。なぜ100回を過ぎても続いているのか。なぜ終わらなかったのか、いや、終われなかったのか。そこいらのことをなんとなく話してみようとおもう。

ワカメさんの勇気あるお誘いで[bo−bo−記]が始まったのは昨年の6月。そのころはもう体と精神の具合が最悪で。日々、あと何日生きられるのだろうと、ひとり思っておりました。役者の仕事も演出の仕事もほとんど病欠状態で自分の存在を証明できる方法(おおげさではありますが・・・。)はこの[bo−bo−記]だけでした。

中学の頃から映画評論家になりたかった僕が“書く”という作業にハマッていくのに時間はかかりませんでした。“書く”楽しさに加え、“書く”という客観的に自分を見つめる作業によって、僕の精神は随分と立ち直りを見せ。C型肝炎の方もユッタリとした日常の過ごし方で無理さえしなければ悪さをしなくなりました。

そうなってくると欲が出て来ます。 これを読んでくれてる人の感想が聞きたくなります。というよりきっと“書く”ことに今度は不安を覚えていくんでしょうね。このままダラダラと書いていていいのかと。そう自分に問いかけ始めるのです。でも“書く”という表現は演技や演出と違い、自分の家の中で生まれます。そして、それが読者の人達のところまで届けられ、なんらかの反応がそこでまた生まれます。でも、その反応が僕のところまでダイレクトにはね返って来てくれません、あたりまえのことだけど・・・・・。

つまり簡単に言うと自信がなくなったのです。“書く”ことに。もちろん、役者のときも演出のときもそういうことはいくらでもあります。でもこの二つはあくまで仕事です。[bo−bo−記]は仕事ではありません。メルマガが無料配布のように僕もワカメさんも無料でやっています。だいの大人の男が一日ボーッとしながらもそれなりに考えて、書いて、それだけです。どんなにがんばって書いてもそこからパン代すらも生まれないのです。せこい話ですみません。でも本当のことです。なにもお金のことばかりではありません。自分がこのまま書いていて果 たしてどうにかなるんだろうか。ひょっとして書くことで自分の首を絞めてりゃしないか。いろんな人に迷惑をかけてりゃしないだろうか。ワカメさん、細君、子供達、実際かけています。正直言ってこれは凹みます。だからといって手を抜くのはもっとイヤです。それで勝手ながら100回でやめちゃうと言ってしまったのです。

そしたら、ありがたいことですねー、居たんですよ、やめないでくださーい、っていう方が。僕は基本的にそういう読者の声に耳を貸す人間ではないのですが・・・、やめると言ってしまった瞬間から今度は続ける理由を探している。ワガママなんですね、結局。
それで、そういった手紙なりメールが三通来たら続けようと思いました。
三通というところがいいでしょ。すぐ叶いそうで。ハイ、すぐ叶いました。

そこで、思い返したのです。そういえば始めは死ぬか生きるかというところから[bo−bo−記]はスタートしたのだなと、そこから考えればワガママが出てくるだけ元気になった証拠。生活は大変だけど肉体が潰れることは今のところありません。ありがたいことです。続けましょう。続けさせてください。この幸せな時間をもう少し・・・・。
100回と言わずとにかく一年は続けよう。
今年の六月でちょうど[bo−bo−記]が一年になります。 それまでは続けさせて下さい。
と言っても後三カ月ですが・・・・。 その間になんらかの展開をしたいと思います。 それが何なのかは今は僕すらも知りません。でもなんらかの展開はあると思います。 きっとあるでしょう。
でなかったら今度こそ連載をストップして、“書く”ことから離れます。
ひとつ考えていることは、《極私的古本売場・bo−bo−屋》をこのhome・pagej上で開店しようと思っています。お楽しみに。
まあ、それすらもきっと欲のなすことだとは思うけれど・・・・・。

 春です。春が近づいて来ました。春のパラノイアも一緒に連れて。

最近自分の欲がいろいろ見え隠れして疲れます。
表現を欲が覆ってしまったらやめた方がイイ。
僕はそう思って何人かの人達と自分の演出作品を造ってきました。

昨年の3月、僕たちは『ハーヴェスト』という作品を作り上げました。 その中で僕は演出と脚本を担当しました。スタッフひとりひとりがそれぞれ自分の力を出しきり、病欠前の僕にとって最後の作品になりました。

自作というのは自分にとって娘のようなものです。言葉にできないぐらい可愛いものです。
その娘を生まれて初めて他所に嫁がせる日がきました。
脚本『ハーヴェスト』を若い俳優さんたちが自分たちの手で演出して公演したいというのです。自分の作品が自分以外の人間の手にかかるのは初めてのことでした。可愛い子には旅をさせろ、僕は公演の許可を出し、その日を楽しみに僕と細君は新宿にある小さな芝居小屋に向かいました。

その日は申し合わせたように(まあ実際申し合わせたのですが)昨年『ハーヴェスト』を一緒に造った仲間が何人か来ていましたて。懐かしい顔と一緒に僕は自分の娘が嫁いだ先で働く姿をじっくりと見ることにしました。

はっきり言います。見るんじゃなかった。若者たちの所へ嫁いだ娘は暴行を受けていました。
すでに血がしたたり落ちているのに、なおかつ乱暴な手によって目の前で娘がレイプされていく。
胸の中をやり切れない怒りが走りまわって行くのがわかります。
頼むから乱暴にしないでくれないか。
もうほとんど息をしていないじゃないか、お願いだからソッと丁寧に扱ってあげてくれないか・・・・。
これ以上見ると悲しくて叫び出したくなりそうでしたので、途中から芝居を見るのをやめて同じ客席に座って居る懐かしい顔を眺めることにしました。

そこには製作の福嶋、制作のしのぶ、演出助手の和久田、演出部の秋山、そして出演したコウジ、あのとき一緒に苦労した仲間の顔がありました。みんなすまない。オラが若者達にイイ顔するために作品を貸してしまったのだ。本当にごめんなさい。もう、やめよう、作品を貸すのは。だって作品にはかけがえのない仲間との思い出も詰まっているのだ・・・・。

なんだか話が暗くなってきた。べつに、若者達が悪いわけではない。若者というのはいつの時代も他人のことをあまり考えない生き物なのだ。そう、自分もそうだった。人の好意を平気で踏みにじって来たと思う。でも・・・・・・・・・・・。

しばらくして、公演を終えた若者の一人と会った・・・・・・・・。
ごめん、やめよう。 自分がイヤになる・・・・・・・・・・・・・・・。
ああ、[bo−bo−記]もイヤな感じのする話はなるべく避けようと思ったのだが・・・なんだか話もまとまりを欠いてきた。 ごめんなさい、きっと春が近いせいでしょう。
どこかが分裂して来ています。 花粉と一緒にパラノイアがどこからか運ばれてきたようです。
今日はこの辺で、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、。

 

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