bo-bo-記 rec.0111 01.03.28



風呂場の牢名主は雪がお好き」
  


 《終の住処》に入ったと思った猫の梅子がまた住処を移した。あとふた月、と医者から言われ、すでにひと月が経とうとしている。そんな梅子の次なる《終の住処》。それはお風呂場だ。わが家では朝と晩に2回、少なくみても30分はお風呂に入る人がいる。まあ僕のことだが。したがって、風呂の蓋の上はいつも暖かい。体温が低くなりつつある梅子にとっては少しでも暖かい所が心地いいのだろう。僕はホット・カーペットの上を薦めたのだが、どうやらそちらの方はお気に召さないらしい。梅子は風呂の蓋の上で覚悟を決めたようにジッとしていることが多くなった。いつの間にか風呂場の牢名主だ。

僕は毎日朝晩30分の半身浴の間、読書をするのを楽しみにしている。そして特に風呂場で読む本は映画関係の本と決めている。リラックスをしながら大好きな映画の本を読む。これは贅沢だ。しかし、梅子が風呂場の牢名主になってからは、そうはいかなくなった。湯船に入っている間は梅子の身体をさすってあげなくてはいけないからだ。身体をさすってあげている間は気持ちがいいのか彼女の機嫌は頗る上々で。苦しそうになって泣いたり、“死ぬ のが恐いよー”と訴えたりもしない。ゴロゴロといいそうな気配で、目を瞑って優しい顔をしている。この朝晩の“牢名主様の身体さすり”が僕にとって新しい日課になった。これはこれで楽しい。しかし困ったこともひとつある。風呂場で体が洗えないのだ。水が跳びはねて梅子にかかってしまうからだ。身体についた水滴すら彼女はもう自分でははらえない。だから、ここしばらく僕は身体を洗っていない。汚い。

なんだがこうやって書いていると、僕が動物好きにみえると思うが。まったくと言っていい程、違う。僕は動物とは距離を置いてつきあいたい人である。自分が情にもろいゆえ、動物に死なれるのが人一倍イヤなのである。だから自分から動物を飼おうなどとは思わない。今いる猫の梅子も松吉も細君が飼っているから一緒にいるというだけである。だから今までも必要以上にかまってこなかったし、あまり感情移入しないように努めてきた、つもりだ。しかし、それはやはり“つもり”だった・・・・。
6年もの歳月、それがたとえあたり障りのない付き合いであったとしても、気がつくとシッカリと情はうつっていたのであった・・・・・・・・。

3月の末。東京に雪が降った。その日、起きて居間に行くとホット・カーペットの上で梅子が庭に落ちる雪を眺めていた。死を迎えつつある梅子に春の雪、それに加えて散り行く梅の花。なんて風情のある朝だろう。梅子と一緒にしばし雪見と洒落込む。

その日の朝はものすごく寒く、風呂場の梅子も震えていたそうで、細君が居間の暖かいカーペットの上に彼女を移したそうだ。
やがて昼が過ぎた。彼女はまだ淡々と雪を見つめている。きっと彼女にとっては最後の雪になるだろう。僕は少しセンチになっていた。 時計が三時半を回ったころ、それまでジッとしていた梅子が急にヨロヨロしながら立ちあがった。しかし踏ん張りがきかないため、ドーン!と身体を窓にぶつけるので、慌てて抱き上げると。“アーン”とどうしようもない泣き声をあげる。仕事中の細君に電話を入れると「自分の力でトイレに行きたいかもしれないから連れていってあげて」というのでそのようにする。トイレの蓋を開け、そこに横たわせてあげる。するとまた“アーン”と悲しそうな泣き声。どうやらトイレじゃないようだ。再び抱き上げまたカーペットの上に。興奮気味の梅子、脈が少し早い。身体を摩ることしか知らない僕は、とにかく摩るコトに徹する。しばらく摩っていると落ち着きを取り戻したのか穏やかな呼吸になってきた。そのまま、僕もウトウト・・・。外の雪は霙にかわっていた。

五時。梅子が30秒置きぐらいに喉をカッ!カッ!とさせ始める。
再び細君に電話をし「そろそろだと思うから帰っておいで」と伝えると、「分かった、すぐ帰る」。

梅子の身体をユックリさすりながら、脈を計ってみるが・・・・脈にとても力がない。
「お前の大好きな人が今向かっているんだから、それまでガンバレ!あと30分もすれば帰ってくるからガンバレ!!なんでもいいからガンバレ!!!」

そのとき突然ポッカーン!とした間が僕と梅子を包んだ。
必死の思いも届かず。

三月三十一日午後五時十分、梅子死ス。

あまり苦しむことなく実にイイ死に方だった。
だけど飼い主の細君は結局死に際には間に合わなかった。
霙もあがった三月最後の夕方の空はどんよりと曇っていた。

 次の日はとてもいい天気だった。僕は梅子の墓を庭に掘っていた。
約束どおり梅の木の下に埋めることにしたのだ。
梅子を抱きかかえた細君はその遺体を土の中にそっとしずめ、上から庭の花をちぎって、ちりばめてあげていた。
最後まで大事にされて梅子は幸せだ。
青空の下、僕と細君は二人だけで梅子のお葬式をサッパリとすませた。

梅子、六年間ありがとう。そして、六年間ごくろうさまでした。

雪のあがった春の青空の下、梅子は猫をやめて梅の木になったとサ。

 

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