bo-bo-記 rec.0114 01.04.14



岬町のピストルと蛍の光」
  


 三月のある日。千葉の外房、大原のひとつ手前に時間の止まったような町がある。海から近いこの町は千葉県夷隅郡岬町という。まるで“つげ義春”の漫画にでてきそうなひっそりとしてどこか捩れた片田舎町である。この町で次女の通 う中学の卒業式があった。次女は中学二年の春から、東京を離れこの町にある岬中学に転校した。前妻が千葉に住むことになったために子供達も引っ越しをすることになったのだ。そのおかげでオラは淋しさのあまりC型肝炎が爆発し病魔と闘う(なんだかカッコイイゾ)生活をするハメになってしまった。トホホ・・・。次女は僕と同じB型人間で、外から見ると社交的に見えるが実は人見知りの激しい淋しがり屋だ。まあ、たんなるワガママと言う人もいるが・・・まあ、いいか。父親の僕は、ヨソ者を受け入れない千葉の空気に馴染めるかしらん、と心配したのだが。以外や以外。はじめはつらかったらしい田舎暮らしにも田舎の学校にも慣れ、今や次女は千葉の片田舎っ子である。田舎のもつ悪い面 −後足で砂をかけるようなところなどetc.−にはあまりぶち当たらずにイイところだけを上手に満喫していたようだ。良かった、良かった。

片田舎出身のオラは田舎の持つあの黒い部分−誰もが皆、オラが田舎の共和国の王様なのだ−が嫌で嫌で東京に脱出したものだから、娘たちもそうならなければイイナァと思っていたのでひとまずホッとした。長いこと暮らすことになればソノ部分にもぶち当たったと思うのだが、二年というのはちょうどいい長さなのだろう。

この春から東京で高校生活をする次女にとっては思い出に残る千葉生活になり、ナミダナミダの卒業式になった。オラは卒業式は苦手である。すぐ泣いてしまうからだ。あの“卒業証書授与”の声が体育館内に響くともう駄 目だ。パブロフの犬のごとく反射的にハラハラ、ハラハラ、はらはら、涙がこぼれてしまう。この日もダラダラとブルドッグの涎のように目から水分を垂れ流しているとフトあることに気がついた。オラが中学を卒業したとき、そう、今から25年前と卒業式の仕切られ方が何一つ変わっていないのだ。オラが中学のときは世の中にはまだビデオすらなかった。カード電話も、もちろん携帯も、コンビニもなかった。もちろんセックスのことをエッチなんて言わなかったし、あちらこちらに赤線がまだあった(これはウソです)。そんな時代の卒業式とほとんど変わっていない。とりあえず涙は流すが、変わっていないことに恐ろしささえ覚える。いいことばかりしか話さない、ありきたりでつまらない祝辞。号令と共に一斉に頭を下げたり座ったりする兵隊ロボットのような生徒。僕は過去の卒業式で残して欲しいと思っていることは、一人一人に手渡す卒業証書授与(これでさえ一人一人に手渡さないで代表者にあげていた。そこの時間をはしょるなら祝辞をはしょってほしい。ぶつぶつぶつぶつ・・・・・。)と“仰げば尊し”の歌だけだ。もっと卒業式も教育の現場もイイ具合に進化してくれなければ、いつまでたっても少年犯罪は減らないだろう、うん。

僕は長ったらしい祝辞がつまらないのでカワイコちゃん捜しを始めた。しかしやはり片田舎、カワイコちゃんは少なく、淋しかった。カワイコちゃんはあきらめて、お色気ママ捜しを始める。が、やはり片田舎、難しかった。なんせ着物姿の厚化粧オバサンばかりで、みんなボッタくりバーのママさんのようなのである。恐ろしい。あー、つまらないなぁー。仕方がないので来賓席をチラホラ眺めていると町の駐在さんが制服姿で座っているのを発見。よく見ると、(あたりまえのことだが)腰にピストルが、それも(あたりまえのことだが)本物だ。ピストルに反応するのは幾つになっても男の子の証拠。僕は少し離れた所に座っている前妻に静まり返った周りを気にしながらジェスチャーで話しかけた。以下サイレントで。

 僕:(おーい)

前妻:(なーに)

 僕:(おまわりさんのー)

前妻:(うん)

 僕:(腰にピストルがある)

前妻:(えっ?なーに?おまわりさんがどうかしたの?)

 僕:(腰にピストルがある) 前妻:(え?なーに?わからなーい?)

くそ!にぶいオナゴじゃ!だから離婚されるんじゃ!ンン、待てよ!離婚されたのはオラか!ま、いいか。とにかくオラはジュエスチャーを続けた。

 僕:(おまわりさんが・腰に・ピストル・を・つけてる・それも・ほんもの)

ジュエスチャーの振りは次第に大きくなり隣に座っているオバハンの顔面に指や肘がガンガン入る。オバハンは涙を流しながら、迷惑そうな顔をこちらに向ける。それでも前妻はしきりに、

前妻:(え?なーに?あたしバカだからわからなーい?)

お前はアホか!もうヤメタ!そう思うのだが、こっちもついつい意地になってきて振りがもっと大きくなる。まるで西田敏行の演技のようだ。この上なく大きい。隣のオバハンはすでに出血多量 で倒れている。それなのにあのバカときたら。

前妻:(わからなーい)

オラは疲れた。もうこんなに鈍いオナゴとはもう口も利きとうない。そう決めて、卒業式の舞台に目を移すと在校生の“蛍の光”が始まるところだった。おお、もうこんなところまできたのか、もうすぐクライマックスじゃないか見落とさないようにしないとナ。襟を正して背筋を伸ばし深呼吸をひとつ。

〜ほーたーるの、ひーかーーり、まーどーのーゆーーきーーー〜

おお、これじゃ、これが卒業式じゃ、わけもなく(わけはあるのだが)涙がハラハラと落ちる落ちる、おお・・・。しばし、そんな思いにひたっていると。なんだか目の前の指揮者のハデなアクションに嫌悪感を覚え始める。きっと指揮をしているのは音楽の女教師だろう。力の入った勝負ドレスにはチラホラとラメがちりばめられている。な、なにもそんなドレスを身につけて馬鹿みたいに大きく指揮棒を振り回さなくてもいいじゃないか、そりゃ指揮棒を振るのは気持ちいいかもしれないよ。天下を取った気持ちになれるかもしれないよ。でも、君は豊臣秀吉でも小沢征爾でもないのだから。それでもお構いなしに彼女の指揮棒は大きく宙に弧 を描く。それは決して美しくはなかった・・・・悲しいかな・・・・。

それでも最後はみんなで“仰げば尊し”を歌い、式は無事とどこおりなく終わった。次女の千葉での青春も終わった。これから高校に通 う三年間。彼女は母親のいない東京で父と過ごすことになる。母親と子供達を捨て、好きな芝居と女に走った憎い父親と暮らす彼女の心の中は今一体どうなんだろう。彼女が父を許す日は僕が生きている間に一体くるのだろうか・・・その日はタブン僕が生きている間はやっては・・・・来ないだろう・・・タブン・・・・悲しいかな・・・・・。

式が終わって体育館を出ると前妻が聞いてきた。

前妻:さっきのはジェスチャーは何だったの?ポール牧のマネ?

 僕:駐在さんがピストルを持ってるって言いたかったんだよ。

前妻:なんだ。それだけ。

 僕:うん。

前妻:バカみたい。

 僕:うん、バカみたいだ。

そう言って校庭の梅の木の下に目を移すと。
次女が同級生と泣きながらジッタリン・ジンの『夏祭り』を歌っていた。


君がいた夏は
遠い夢の中
空に消えてった
打ち上げ花火

神社の中 石段に座り
ボヤーッとした闇の中で
ざわめきが少し遠く聞こえた
線香花火マッチをつけて
色んな事話したけれど
好きだって事が言えなかった

オラの瞼からは、またハラハラと・・・・・・・。

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