bo-bo-記 rec.0118 01.05.06



抜き書き−『想像力と創造力』他3冊」
  


◎『想像力と創造力』永六輔(毎日新聞社)

P41→「新しく正しく面白く」という丸谷才一氏の言葉と「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをおもしろく」という、井上ひさし氏の言葉をラジオに重ねて、もっぱら面 白くを中心に展開した。

N:あの有名な大手芸能プロダクションのホリ・プロに行くと、この言葉が書かれた井上さんの色紙が飾られています。

P62→人間の視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚などなどいろいろある中で、最も古い官能は聴覚であり、だから最初に発達し、最後まで残るのだという。心臓が停止してしまった人が、音楽を聴いて、再び鼓動を打ち始める例は多いという。最後に残った聴覚からの刺激で、生き返るのだそうだである。

N:音楽を聴いて生き返ることができる人は、音楽をほんとうに愛した人だろう。

P84→生きているということは誰かに借りをつくること。生きてゆくということはその借りを返してゆくこと。

N:永さんのお父さんの言葉だそうです。 いい言葉だと思います。

◎『私論・勝新太郎/[勝新語録]とその背景』市山隆一(講談社)

P28→「〜完全なものは偶然生まれる。あるいは偶然にしか生まれない」

N:でも、こうも言います。《偶然生まれたものに完全はない》
以下「」の言葉は勝新太郎の言葉です。

P43→「演じるものが、(台本を読んでいるから)自分の未来を知っちゃってる。自分の未来を知っちゃいけないよ」

N:演技の基本ですけど・・・・・これができない。

P50→勝さんは相手とどんなに深い付き合いになっても、その相手と−それが男であろうが女であろうが−共有する世界の中に、やはり、東西南北・天地・左右があることを感じてしまう人でした。誰一人として勝さんが“内なる地動説”を築き上げた、方向や上下のない世界、勝さんなりのモラルの世界に入ることはできなかった。

N:勝新太郎という人はほとんど宗教にちかい人なんだろうなぁと思いました。

P86→「銀行は、晴れの日に傘を借りにいくと貸してくれるけど、雨の日に借りにいくと、貸してくれない」

N:うまいこといいます。
女性にたとえるとどうでしょうか、
《女性はこちらがエッチしたいときはさせてくれず、その気がないときに迫ってくる》
こういうこと書くから、女性に嫌われます。

P94→影武者降板、連続ドラマの製作中止、勝プロ倒産、そして母の死。この四年間勝さんのまわりで毎年何かが起きている。僕はその頃、他になんのトラブルもないが、わずか数百万の借金だけで精神的に追い詰められ、死を考えたことがありました。勝さんは借金だけで−公称十三億ですが、そんな額ではない−僕が死を考えた額の千倍にもなる。“勝さん、よく気が変になりませんね”と、僕は話しかけました。「だから、マリファナが必要なんだ」カウンターに並んで座った勝さんが、目を閉じたまま言いました。「俺にとって、マリファナは神様だよ」

N:薬に逃げられる勝信太郎がうらやましいと思う。同時に以外にもろい人だったんだなぁとも思う。

P100→「ああいう人たちとの出会いがあったから、座頭市も悪名もできたんだ」それから一時間ほどして店を出た時、勝さんが言いました。
「みんなそれを観て、喜んでくれたじゃないか」

N:ああいう人たち、というのは裏社会で生きる人たちのことです。
人と才能と作品は別に考えて欲しいと僕も思います。違法行為をする表現者を罰するな、とは言いません。でも作品まで罰しないで欲しい。それは違うことだから。そこらへんが今の観客はわかっていないと思います。

P106→「もし日本が、大東亜戦争に勝っていたら、マイケル・ジャクソンは《佐渡おけさ》を歌わされていたよ」

N:じゃあ、三波春夫はジャンキーになっていたかも。

P108→「俺は“勝手新太郎だ”」
「俺は、矛盾が服を着て歩いているんだ」 勝さんが、、そんなことを言っていた頃がありました。みずからそう発言せずにはいられない−自分でも手がつけられない破壊衝動のようなものが、充満していたのだと思います。

N:表現を続けていると必ずぶち当たる精神的な“壁”ですね。恐ろしい“壁”です。

P122→「市は最後の決闘の時、神様に“勝たせてください”と手を合わせて決闘の場へいくだろう。おそらく緒形も神様に“勝たせてください”と手を合わせてくるだろう。市は勝つからいいよ、神様の顔が立つ。じゃあ、相手の神様はどうなっゃうんだ?」
〜中略〜
それでも結局その答えは見つからず、勝さんに提示しないまま《座頭市》のシナリオ作りに入っていったんです。勝さんの場合シナリオはあくまで土台であり 、
「だから台本と言うんだ」
という勝さんの言葉は、土台さえあればその上にどんな建物でも可能だと言わんばかりに、上がったシナリオとは似ても似つかない作品になるのですが、〜

N:ここまで入り込んでしまう勝新太郎の業には凄まじいものがあります。
宗教家でさえここまで考えないでしょう。

P124→「あのフィルムがしまってある所に火をつけて、焼いちゃいたいよ」それが《座頭市》公開後、勝さんがはじめて口にした、作品に対する感想でした。そしてつづけました。
「画(イメージ)に惚れちゃいけない。やはりストーリーに惚れなきゃ。これは惚れるだけのストーリーがなかったから、画に惚れちゃったんだな」

N:勝さんは皮肉にも黒澤明と同じ道に迷い込んでしまったようです。皮肉すぎます。

P134→「俺が死んだ時、いろんな奴が俺のことを書くだろうけど、一人一人、まったく違う勝新になるだろう」
生前、勝はそう語っている。それはまた勝が、意識的に一人の人物に一つの顔を見せつづけていたことを意味する。

N:きっと勝さんには人には言えない“恐れ”がココロの何処かにあったようです。悲しいかな・・・。

P142→勝さんの口からどうしても、思うような言葉を引き出せないその検事が、“この世に一つしかないものはなにか”と訊いた。検事はおそらく《真実》という答えを期待していたのでしょう。
「それは秘密だ」
と、勝さんは答えた。

N:うまい。ホントにおもしろい人です。

P158→「みんな、自分の性質が招いたことじゃないか」
という言葉で僕が気づいたことは、世の中や人間にうまく絶望できない時、人は自殺に走るのではないかということだった。勝さんとそんな話し合いを積み重ねて僕は、世の中や、それを作り上げている人間たちにとてもうまく絶望できたような気がした。世の中や、人間に“できないはずがない”と期待するから絶望するのであって、期待をしなければ絶望などしようもない。それは、何事も自分以外に期待するな−自分だけを信じろ、ということだった。 そして、いつか死が訪れる人間は、生きることをやめる選択はできるが、死ぬ ことをやめる選択はできない、ということにも気がついた。だったら自分から死を選ぶことはないじゃないか−いずれ死は、誰にでも公平に訪れるのだから。 “生きることをやめる”ことと、“自殺する”ことの違いは、そこまで追い詰められた者でなければわからないことなのですが、それを勝さんはわかっている人でした。

N:うん、オラも絶望に関してはうまく絶望できてる気がする。あくまで“気がする”だけど・・・・。

P180→「与える物や金がない時、その人間の本性がでる」勝の言い方は、決して非難がましい言い方ではなかった。人間とはそういうものだというニュアンスがあった。

N:物や金を持って生まれてくるわけではなく、ましてや物や金を持ってあの世に行けるわけでもないのに。人はなぜ物や金にこだわるのだろう・・・。

P181→「役者がいらなくなる時代が、来るんじゃないか?」
若者の感情に、酒でいうところの“コク”がなくなってきている。服装や装飾の好みの色も、淡くなってきている。原色ではなく、パステルカラーが好まれる。

N:予言者ですね。現在すでに、そうなっていると思います。

P184→〜勝は、
「死んだら、一生寝ていられる」
と言い、そのプロセスを色濃く凄絶に“コク”のある人生を生きた。

N:もう、一生の眠りについてしまったのですね・・・。

P228→《彼の孤独の深さ、凄まじさは、実際、言語を絶していた。友人たちは彼の魅力のとりこになり、次々と現れては彼の前に膝を屈したが、誰一人彼に最後まで本当につき従って行った者はいなかった。彼が自ら自分を危険の淵へ果 てしなく追い込んで行ったからである》

N:西尾幹二著『この人を見よ』参照。
世の中に自分と心中してくれる人なんてほとんどいやしないのに、勝さんのような人は他人にそれを要求します。淋しいんでしょうね。

P234→「よしんば負けたとしても、一生勝ったと言いつづける」

N:僕は人生引き分けがイイと思います。

P234→「おまえのプライドなんて、プライドですらない!」

N:“おまえの孤独なんてものは、孤独ですらない”
“おまえのポコチンなんて、ポコチンですらない”
“おまえなんて、おまえですらない”じゃあ、わたしはだれだろう・・・・。

P235→孤独は淋しさとは別のものである。
孤独とは、
自分の到達したレベルで通じ合える人のいないことである。
神との交わりのもたらす喜びがなければ、
まず耐えることのできない重荷である。

N:M・スコット・ペック『愛と心理療法』より。 ああ、苦しい・・・。

P243→そんなある日、勝さんが、
「見学と見物の違いがわかってきたよ」
と、言いました。
「今の客はじっくり観るよりも、喧嘩とか火事でも見るように、通りすがりに見物できればいいんだ」

N:そうなの、客なんて無責任で品がない生き物なの、オラもそうだけど。

P252→「俺は、まわりの人間を不幸にするナ」

N:僕も一時期このよう思ったことがありましたが。自意識過剰すぎる自分に気がつきました。

P267→「(拘置所に)拘置されている間、希望を持たせてくれ。この映画ができると思えばその台本を考えて、耐えることができる」

N:創造できるということは希望につながるのです。それが断たれたとき、本当の絶望が始まります。

◎『奈緒子』作:坂田信弘画:中原裕(ビッグ・コミック・スピリッツ・950巻・小学館)

P347→懸命に生きている日々には、懸命の悲しさが待つものだ・・・・・

N:波切島の爺の言葉。 このマンガで僕は何度泣いたのだろう・・・。

P348→宮崎君は走り続けた。
大阪の街を走り続けた・・・・・・
悲しみが訪れることを
知らずに、 走り続けていた
生きることは悲しいことだと、
教えられる時が迫っていました。
風が吹いていた・・・・・・
冷たい風でした。

N:なんだかキレイに言葉が並んでいます。

◎『姫田眞左久のパン棒人生』姫田眞左久(ダゲレオ出版)

P70→キャメラをポンと据えると、どこからどこまで入っているか覗かなくても分かってるわけです。「そんなとこで芝居したって入らないよ!」っていいますよ。だけど今村(昌平)さんの場合は「そこで芝居してるんだから、そこを撮れ」と言う。そこが僕がそれまで接した監督と一番違うところなんです。

N:今はもうこんな監督さんいなくなりました。みなさん画ばかり気にして・・・・。

P91→映画ってのはできたもので勝負ですよ。できたものに隙間があれば言い訳はできない。安易に撮れば隙間のある映画ができてしまう。そういうことをキャメラマンも見極めながら、監督と付き合っていかなければいけない、キャメラマンだって、監督を見る目を養っていかなければいけないですから。

N:芝居もテレビもそうだと思う。偶然以外に表現上で隙間を造ってはいけない。隙間をつくってもいいのは人生だけ。

P94→脚本によって芝居が決まる。で、芝居によって画が決まってこなければいけない、これを叩き込まれましたね。

N:脚本づくりに命をかけていた時代のイイ話です。
ここで、姫田眞左久と言う人を紹介致します。

姫田眞左久(ひめだ・しんさく)
1916(大正5年)11月19日兵庫県生まれ。
37(昭和12)年、東京帝国美術学校を中退。日活多摩川撮影所に撮影助手として入社。 39〜42年軍籍、42年に大映に復帰。48年『母紅梅』で撮影者に昇進。54年日活に移籍。78年以降フリー。主に小石栄一、久松静児、舛田利雄、今村昌平、中平康、西村昭五郎、神代辰巳などの監督作品を撮影した。1997(平成9)年7月29日、心不全のため死去。享年80。

 next rec.

 

(C)ChildishWorks&PlayHouse 2000, All rights reserved.

 

HOMEProfileActivityWhat's bo-bo-bo-bo-recordMailmagazine