bo-bo-記 rec.0131 01.07.30



抜き書き『川島雄三、サヨナラだけが人生だ』(その二)」
  


◎藤本義一『川島雄三、サヨナラだけが人生だ』(河出書房新社)

P117
「嫌なことをやるから好きなことができるのがプロじゃないんですか。嫌なことを避けるから好きなこともできないのがアマというんじゃないですか」

N:[講演]師匠・川島雄三を語る―屈折した水面下の明るい光り
師匠の「プロとアマの違いとは」の問いに弟子の藤本義一が返した言葉。
優秀な弟子ですなあー。

P120
とにかく奇妙な人でしてね。大変優しくて、大変慈愛に満ちていらっしゃるんだけど、非常に頑固であってね。もうその頑固味をとろうという時になってくると、どうしようもないんです。優しさにも一切の妥協を許さないぞという感じと同じものが監督の頑固さにも言えるんです。そうですかと聞き流すことを許さないんです。そして頑固の下に我が儘が横たわっていて、チラチラ見えるんです。

N:また弟子の藤本義一が敏感にそういったことを感じてしまうのですね、きっと。うらやましい。

P121
僕は、今村昌平の肉体と中平康の頭脳と、ふたつ合わせたのが川島雄三だと思うんですよ。肉体といっても精神的な肉体ですね。その強さ、強靭さと、中平康のたいへんな学術的な、アカデミックな頭というものを監督は両方持っていた。だからあのふたりの監督がそれぞれの特徴をのばして出てきたと思うんです。

N:今村昌平、中平康、浦山桐郎、など助監督陣も強者ぞろいだ。

P125
〜付き合っていくと面白いんだけれども、あるとき肉体的な微熱がちょっと出てくることがあるんです。あるいは肉体的に不安なことが起こってきたら、たいへん神経が尖ってくるんですね。その尖りをすばやく見なきゃいかん。これが大変難しかったと思います。
〜中略〜
そして、真面目に大変卑猥なことをおっしゃるんです。「あんな小さな穴をひとつ持っているだけで、どうして女は偉い、女は恐いんでしょうね」と。こっちは「すんません」と言うしかないですよ(笑)。「その小さな穴も、決していい香りではない」「そうです」「それで素晴らしいですか」「いや、そんなことないです」「わかりません」なんや、わからんようになる。とにかく話がどこに行くかわからないんですよ。

N:僕にも、このように、いきなり話を飛ばすところがある。人が死んだ話をしていたかと思うと、急にオメ○の話にいったりする。 でも、僕の場合はテレなのだ。一つの話をいつまでも真面目に続けることに対するテレ。それか、同じ話をしている自分に飽きるから。の、どちらか。

P127
もう人間、謝りゃすむという人には、この人は相手にならないですね。「謝ってもすまないものが人間ですよ」という生き方なんですね。

N:うん、キビシイよね。ツライよね。クルシイよね。でも、イイよね。・・・僕にはデキナイけどね。

P142
最後に織田作との別れ話をちょっとしてみたいんですけれども、織田作がすごい喀血をして死んだときに、虎ノ門の病院だったとおもうんですけど、川島雄三監督が銀座であるだけの薔薇の花を買い込んで、抱いていったそうです。これは川島監督が言ったんじゃなくて、僕は川島監督をよく知っている人から聞いたんです。ちょっと酒に酔っ払って、銀座の花屋で赤い薔薇を全部買ってですね、それを抱いて行ったというんですね。そして、ついていった人が、もうたまらなくなったと言われましたね。どういうことかというと、病院に入れてくれなかったんですね。病室に入れてくれないんだったらまだいいんですけど、そこの病院は表から入れてくれないんです。なかば救急車で運ばれたとかそういう状態だったと思うんですけどね。そして、鉄格子みたいのがはまっているような、なんか暗いところで、織田作は一月十日に死ぬ んです。霙の降っているなかで、監督はその赤い薔薇を抱いて座りながら、その薔薇を全部食ったというんですね。なんか文句を言いながら、一枚ずつ食ったと。それを見た人がいるんですね。なにか背筋が寒くなるけど、心に訴えるダンディズムを感じます。
 僕は監督のお元気な時に、それを見たという人からその話を聞いたんですよ。で、僕は亡くなるまでに、何回も聞こうと思っていたんです。「こういうことがあったんですか」って。でも聞けないんです、やっぱり。それを見ていたというのは、やはりいけないんじゃないですか。それを聞いて、「俺はそれをやったよ」という監督の言葉を聞きたくないんじゃないですか。そういうのが人間のひとつの素晴らしい壁だと思うんですよ。だから、その素晴らしい壁みたいなものが、映像という中で凝縮していったのが、僕は川島作品の一番の醍醐味じゃないかと。

N:スゴイよ、もう、食べちゃうんだよ、薔薇を、きっと、どうしようもないココロの呻きが肉体をそういう行動にかりたてるんでしょうネ。スゴイよー。

P147
藤本:どうしてあんなに哀しい人だったんか、わからんねえ。とにかく僕はいままで女男を通 じていろいろな人間に会ったけども、あんな哀しい人は、知らんですね。なぜあんなに哀しいことを、ああいうふうにだまくらかして表現しなくちゃいけないのか、という人生ですね。それは何か、というのは、もう一つ言葉でいえないけれど。自分をいじめることによって、映画の絵をいじめていくんですな。そうするとそれがまた、当たるんですな、不思議に(笑)。

N:[対談]川島雄三という映画監督は我々にとって何であったのか?
藤本義一×長部日出雄
本当に弟子の暖かさが伝わってまいります。

P149
藤本:〜死というものに直面していることを、人にわからせる、のと違いますか。「お前さんもやがて死ぬ ぞ」という脅迫ね。

N:あっ、僕もこれは、いつも作品の中に込めてます。

P151
藤本:〜僕は最後、師匠の葬式のときは、そばまで行って、もう行けなかったですね。師匠の持ち物の競売をしてましたからね。カメラとか、そういったものを。高値をよんでましたよ、わりあいに。誰か俳優が、大きな声で競売係をやってる。違うなあ、思いましたね。ものすごく、さびしかった。それが一番さびしかったですね。

N:哀しいなあー、ホンマに哀しい。涙がハラハラこぼれるくらい哀しいなあ。こんな最後を迎えないかん師匠と弟子。ああ、・・・・

P153
長部:〜あの人は精神的に、血というものをものすごく憎んでいたことは、確かでしょうね。

藤本:憎んでいましたね。血をよごすことに、喜びを持った人と、違うかな。よりよごすことに、ね。人間は、生きていくのはよごれていくことなんだけど。僕たちの世界では、あたりまえのことなんだけど。あの人は、よごそうという努力ばっかり、されるんですな。だからたまらなくなってくるときが、あるもんね。腐った肉を食わしたり。そんなことばっかりするのよ、あの人は。腐っているから食え、とか。僕がケロッとしていると、ものすごく嫉妬深くなってくるんやね。ほんとうにおこったときは、涙ためていますからね。

N:泣きながら怒る人には、勝てないよ。

P156
長部:「この恋や思いきるべきさくらんぼ」という句は、川島さんの自作かしら。

藤本:でしょうね。

長部:思いきってばっかり、いたんだなあ(笑)。

N:切ないなあ。ホント切ない・・・・

P160
長部: 「サヨナラだけが人生だ」の中に「川島雄三は次々に人を捨ててきた男だ」みたいな、悪口というか、事実なんでしょうけど、そういうことが書いてありましたが。あなたの小説の中で、脚本の仕事が終わると、つまりそれまでは脚本の共同作業をしていたのが、監督の仕事になると、パッと遠くに行っちゃった、というような場面 。あれが、すごく印象的だったですね。

藤本:こわいですね。ほんとうにこわい感じ、しますね。急に距離がスーッと、あいてしまうのね。

N:人が人を捨てるとき、たくさんの愛と勇気と力を必要とします。

P164
藤本:〜六月十一日に師匠が亡くなられて、僕は一日家で、テレビの台本書いていましたが。夕方新聞社から聞いて、答えをいって、もうたまらなかったですね。あんまり泣かないけれども、泣いたですね。泣いたら女房が、ものすごい妬きましたなあ。「どうして?川島さんなんてどうでもいいじゃないの。あの人は五年ほど前から、もう死にはる人や、死にはる人や、いうてたのに」と。

長部:ずいぶん妬かれる理由はあったんですね。

藤本:あったんです。女房はあの人のために、たいへん犠牲になっていますよ。電話があったら、ほかの人やったら断っても、師匠ならすぐ行きましたもんね。行かなきゃいけない、という感じですね。女房としても「何やろ、これ」思うていたんじゃないですか。男から電話がかかってきて、男が行くわけでしょう。最後のときは、師匠はもう何か、僕を捨てる、いう感じでしたね。捨ててもいい、ということは、たいへんな愛情ですね。「もうどこでも行け!」という。

長部:意地悪で、やさしいんだな。意地悪ばかりだと、魅力的でもないし、やさしいばかりでも、魅力的でないし。両方あるから・・・・。

藤本:ものすごくやさしいんでしょうね。

長部:映画もそういうものがいいですね。意地悪なところがあって、やさしいところがある、そんな映画。

N:・・・オラも、死ぬまでに一本でもいいから映画を作りたくなってきた。

P204
小沢:川島作品の特徴の一つに、情におぼれない画面作りということが挙げられると思うんです。僕は、川島作品の出演者であると同時に、川島映画の大ファンで、どこがいいのかというと、画面 の乾いた感じが何ともいえず、いいです。

藤本:どの画面でも、小さな子供がサッと出てきて、大人をさらっていくでしょう。ああいう、情緒ともいえないし、湿ったものでもない乾いた笑い、みたいなものが、ザバッとかぶってくるんですね。

小沢:それでいて情感がないかというと、そんなことはない。情感はやっぱりあるんですね。

藤本:その情感は、言葉では説明できない。

小沢:そうなんです。

N:[対談]我らが師匠・川島雄三の魅力的人間像をさぐる藤本義一×小沢昭一
海外の作品ではアキ・カウリスマキ監督の映画が近いんじゃないかなあ? 違うかなあ?

P208
小沢:〜永井荷風にしても川島雄三にしても、ああいう命の絶ち方というのはカッコよ過ぎて、われわれ大往生をついつい願う駄 民にとっては、憧れの的になってしまいますね、どうしても。

藤本:しかし、ああいう大往生をするのには、やっぱり伏線が要るんですね(笑)。われわれには、その伏線ができない。

小沢:なるほど、おもしろい。急にやっても、何だあいつはということで、全然うけない。

藤本:川島さんという人は、その伏線を考えて生きていたのだと思いますね。

小沢:そうですね。フィルムが切れた、という感じで死んじゃったけれど、川島さんの生き方には、このフィルムはいつか切れるんじゃないかと、ずっと思わせていたようなところがありましたね。

藤本:だから、さっきおっしゃったように、百人が百人とも違う川島雄三像を抱いているということは、いつ命が切れるのかわからない監督に対して、こちら側がやさしさを仮託していくというようなことがあるんじゃないですかな。僕の場合はそれが一番最後だったわけで、いろいろなずるさ、みたいなものがチラチラッと見えてきたんじゃないですか。

小沢:聖人でもなければ、君子でもない。けっこう怒るし、意地悪もする。〜

N:死ぬための伏線を張るなんて、寂しいンでしょうなあ、ホンマに。

P214
藤本:しかし、こうして話し合っていても、いっこうに固まってこない監督ですね。

小沢:それでいて、ひとりひとりの中に漠然とはあるんですけどね。どっか琴線には触れているような感じは、それぞれに持っているんじゃないでしょうか。

藤本:バーの女性も祇園の女性も全部ほめますね。ということは、そういう人たちにあまり害を与えてなかったということなんでしょうね。

小沢:そうかもしれないですね(笑)。女優さんでも川島さんに惚れていた人がずいぶんいましたから。

藤本:母性愛ということでしょうか。通俗的にいえば。

N:母性愛をもつ男は、哀しいくらいにカッコイイ。そう思います。

 

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