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二日目。
この日は小布施観光ツアーというものに参加しました。僕は生まれてこのかたツアーというものに参加したことがありません。今回が初めての経験です。
大型観光バスに運転手、バスガイド、添乗員、そして乗客は15人程度の熟年熟女枯男の皆様方。一同を乗せてバスは、《暮らしに文化と歴史が息づく町・小布施》に向け出発しました。
途中、津南という細君が幼い頃住んでいた町を通ったとき、義父と義母が昔の思い出を語ってくれました。それはそれは昔を懐かしんで義母など懐かしむあまり涙を浮かべて語ってくれました。それはそれで気持ちは分かるのですが、一度に義父と義母が同時に違う思い出話をするために、それぞれの話を聞くのに大変苦労しました。僕は聖徳太子ではありません。そうココロで叫びました。
「昼食はビアンデ信州中野店にて、馬刺しを召し上がって戴きます」
そうバスガイドさんが告げたとき。それまでおとなしくしていた細君がいきなり拍手を始めました。拍手なんて誰もしていないのに、ひとりだけ。僕はギョッとして細君に目をやると彼女は、
《なーに、ワタシは馬刺しが好きなのよ。好きなものが食べれるときに拍手をするのがいけないわけー、フン。》
と、目で語っていました。ああ、こわいこわい。風邪で腹を空かせた細君ほどこわいものはありません。僕は口から出かかった言葉をおとなしく飲み込みました。
昼食の席に着くとすでに馬刺しは並んでいました。僕の情報では義父も馬刺しは好きなハズです。馬刺しがあまり好きでない僕は、ここはひとつ義父に馬刺しをあげようと、
「あのー、お義父さん、これー・・・」
そう言いかけたとき、
「あっ、それちょうだい」
細君の手が伸び、その皿をかっさらってしまいました。オヨヨヨヨ・・・、オレと義父の架け橋(箸)をまったく・・・。
食事を終えてバスは小布施岩松院へ。このお寺には葛飾北斎の「八方睨み鳳凰図」があります。この絵は本堂の天井に描かれていて、みんな寝転んで見ています。北斎の「〜鳳凰図」は間近でみると確かに迫力はあるのですが、それ以外にはあまり感じるものはありませんでした。でもその直後、北斎館で見た「上町祭屋台天井絵『怒涛』図(男浪・女浪)」は素晴らしかった。さすが北斎。圧巻の中に厳しさと優しさがありました。確かに天才です。しかし、そんな僕とは反対に、絵とか寺とかに興味のない義父は終始所在なげでうろうろうろうろ。そんな姿がとても可愛らしいと思いまし。 小布施の町で自由行動となった僕たちは、義母はお買い物、僕と細君はお散歩、義父は昔の友達を50何年振に訪ねることにし、一時間半後バスで集合することにしました。
細君はまず酒屋にGO。そして、そこのお店のこじゃれたカウンターで利き酒。うーん、迷うなぁー、とか言いながらも杯はすすみ、あっと言う間に細君はもうベロンベロン。酒屋の杜氏さんに向かって、お前も飲めー、と言う始末。僕は適当に大吟醸を包んでもらい酒屋を脱出。彼女はバスの席に着いたとたん就寝。気がつくと、義父はすでにバスに戻っていました。
「あっ、先にいらしたんですか?」
「うん」
「どうでした。50何年振りのお友達。会えました?」
「死んだって(笑)」
「えっ」
「三カ月くらい前に死んだって・・・オレぐらいの年齢になると、もうそういう奴が多いんだよ(笑)」
「・・・そうですか」
「・・・うん(笑)」
なんだかこの(笑)の中に義父の人柄を見た気がして、僕は義父のことがひとつ好きになりました。
そして、この日の夜、隣の義父と義母の部屋から夫婦喧嘩の声が聞こえてきました。
ああ、お義父さんキット寂しいんだろうなぁ、と隣の部屋の僕はお茶を入れながら思いました。ベッドの上では細君がマッサージのおじさんに、押し方が弱い、と怒っていました。外は秋の夜。
コオロギの声が悲しく鳴っていました。
三日目。
今日は東京に帰る日です。
こうゆう日は朝から忙しい。僕はまず細君が起きる二時間前には起きて、いそいそと荷造り。それが終わると細君を起こして(もちろんご機嫌を損なわぬ
ようにソッと)朝食。その後、とりあえずチェック・アウト(もちろんこれは細君のカードで)を先にすませ、新幹線の時間までそれぞれ時間をつぶすことにしました。義母は散歩、義父は釣り、細君は酒盛り。なんて勝手な人達だろう。まとまりというものがマッタクない。だれか一人ぐらいは同じことをしようよ、そう思い僕は義父と釣りをすることにしました。義父は釣り歴50年以上のベテランです。対するこちらは釣りなんて30年ぶり。ここはひとつ手取り足取り教えを請うことにしました。
「あのー、餌は?」
「そこにまるめてあるのを付けなさい」
「はい。・・・あのー、仕掛けは?」
「じゃあこっちの俺の竿を使いなさい」
「はい。・・・あのー、竿は投げればいいんですよね」
「うむ」
ビューっと思いっきり投げたら餌が外れて何処かに飛んでいってしまいました。
「駄目だよ、そんな力入れて投げちゃー、もっとこうポーンと投げてごらん」
「ポーン」
そう口にして投げたら。今度は体ごと投げてしまい片足が池にハマッてしまいました。
「体は投げなくていいんだよ」
「はい」
そう言って何度か繰り返し投げているうちに、投げ方は感じをつかめてきました。
しかし魚を釣り上げるまでにはいたりません。
「いいか、俺が“ヨシ”と言ったら竿を引くんだぞ」
「はい」
「ヨシ」
「あっ」
「遅い」
「はい」
「ヨシ」
「あっ」
「早い」
「はい」
「ヨシ」
「あっ」
「タイミングはいいけど魚の方が賢かったなー」
これも何度か繰り返すうちに、
「あっ、かかった、かかった」
初ヒットです。それも、ものすごい引きです。
「がんばって、網取ってくるから」
「わかりました」
僕は何とか魚を引き寄せて、義父が持ってきてくれた網で魚をすくいました。
おお、釣れました釣れました、嬉しいものです。義父も嬉しそうです。
「ヨシ、また餌を付けてやろう」
義父は優しく餌を付けてくれます。
そのときです。立て掛けてあった義父の竿が池に流されて行くではありませんか。別
の魚が立て掛けてあった竿の餌に引っ掛かり、そのまま泳いで行ってしまったのです。
「ちょっと、釣っていなさい。俺は竿の行方を追ってくるから」
そう言って義父は竿を追って行ってしまいました。 それからです。どうしたことでしょう。釣れるわ釣れるわ。ほんの20分ぐらいの間になんと6匹です。
帰って来た義父もビックリ仰天有頂天。
「なかなか才能あるかもしれんゾー」
そう、褒めていただきました。
そこへ散歩中の義母が酔っ払った細君を伴って。
「どうですかー、釣れましたー?」
その声に義父が答えます。
「大漁、大漁」
持ち上げた魚籠の中で魚がピョコピョコ跳びはねます。
まるでテレビのサザエさんの終わり方です。
とてもはずかしいです。
でも、小布施観光ツアーは、偏屈な僕と寡黙な義父との距離を少しだけ縮めてくれました。お礼を言おうとツアーの企画者の細君に目をやりますと、彼女はは二日酔いのため、池の中にゲーゲーと食べたばかりの朝食を吐いていました。僕は、お礼を言うかわりに、彼女の背中に向かってチョットだけ手を合わせました。
ありがとう。
野の仏
笑ったような
笑わぬような
そんな、今年の秋でした。
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