P121
柳 私、うるさいイメージあります?
赤塚 あるよ。
〜中略〜
柳 可愛いなんて言われたことないですもん。
赤塚 「お前は、しつこい、うるさい」って言われちゃダメなんだよ。人間ってね、「可愛い、あなたは素晴らしい」って言われて、それでいいんだよ。
〜中略〜
柳 言われてみたいけど誰も言ってくれないんです。
赤塚 オマンコをね、広げればいい。「いつでもどうぞ」っていう気持ち。そうすると、「この子はいい子だな」ってみんな見てくれるよ。
N:柳美里との対談です。
この様子から、伺い知れることは、赤塚さんは遠回しに柳美里を口説いているように思われることです。どうかしらん。いや〜ん、エッチ。
P183
赤塚 〜亡くなった林家正蔵師匠に「なんでこんな下手なときがあるんですかねぇ」って訊いたら、「いつも上手いと天狗になっていけねぇからな」って。「なるほど、そうかぁ」と思いました。
N:談志との対談です。
だったら一生下手の方がいい。だって、そうなれば一生天狗になることはないのだから。なんてのはウソで、できるなら一回でいいから天狗になりたいです。その天狗の鼻で若いおねえちゃんをこらしめたい。えっ、どのように?
P187 談志 ついでに言っとくと、人間なんてなァ元々不完全で、不安定ですよ。不安定だから、昔は安定を求めて修行をしたり、教養を身につけたりした。今はそれをしないで、「騒ぐ」ということで不安を忘れようとしている。特に「死に対する不安」をネ。この一言でテレビの現状が全部証明できる。逆に言うと、不安だから安定しようとしても、実は本当の安定はない。
N:先日、細君とある喫茶店で口喧嘩をしていますと、スーッと寂しさが横を通
り隣の席に座りました。なんなんだこの大きな淋しさは。そう思って、フトその人を見ますと、そのお方はなんと“とんねるず”の石橋さんでした。芸能人長者番付1位
の人でも寂しさというやつは、容赦なく襲いかかるみたいです。残酷なことです。
P203
赤塚 この近所にね、江古田の葬儀屋の看板が出てて“あってはならない、なくてはならない”って書いてあったよ。
談志 上手いねぇ。〜
N:その昔、僕は江古田という町に住んでいました。池袋から西武池袋線で三つ目のところです。そこではいろんなことがありましたけれど、今思い返すとイヤな事ばかりあったように思います。青春は、ほろ苦いというより、鍋の底にこびりついた煮物のコゲのような気がします。
P215
赤塚 落語でね、目がもったいないんで、左目を十年間つむって暮らしていた男が、十年たったんで、今度は右目をつむって左目で見たら、誰も知ってる人がいなかった。この咄、聴いたときは面
白かったねぇ。
N:僕は小学校一年のとき右足を折った。二月の間、僕は左足で歩いた。二月たって、右足で歩いたら、歩けた。そのままやないか!
P249
北野 役者やるときも、カメラの横に自分を置いて演技するっていうのがない奴は、全然駄
目。だから下手な役者はなにをさせればいいかっていうと全力で走らせるか、土砂降りの雨の中を女優に襦袢を着せて乳放り出させて泣いてもらう。(笑)そういうのってよく体当たりの演技って言われるけど、あんなもん演技じゃない。一番難しいのは普通
に歩くことなんだけど、役者を歩かせて「手の振りがちょっと小さいんですけど」って言うと歩けなくなったりするんだよね。あとヤクザ役の奴にポケットから手を出して演ってって言うと、もうできなくなる。つまりそういうのって、カメラの横に自分を置けないからできないんだよね。自分を客観的に見れないから、形だけで演技してるのがわからないんだよね。
〜中略〜
やっぱり役者は役者っていうパーツを一生懸命やるべきだと思うんですよ。
N:北野武との対談です。
そういう北野先生も大島渚監督の「御法度」では形だけの演技になっていましたよ。あーあ、言っちゃったー。
P400
赤塚 僕らは手塚治虫に「いいか、漫画から漫画勉強しちゃいけないよ」って。そして「一流の映画を観ろ、一流の音楽を聴け、一流の本を読め、それで自分の世界を作っていけ、そうして描け」って言われたね。だから個性があるんですよ、みんなそれぞれに、あの頃の漫画家は。
N:松本人志との対談です。
そうです。自分の世界を作ることは、実はものすごく簡単なのです。その簡単なことすらしないで、みんな個性を欲しがります。個性は手に入れるものではありません、そこに在るものです。なんちゃって。
P414
松本 今の若い人のコントとかムチャクチャなんですよ。そのムチャクチャなのを不条理やって思ってしまっててね。それは不条理じゃなくて不完全なだけなんですけどねぇ。
N:不条理にはそこに“生き方”が入らないと創れないけど、不完全は現象で作れる。オラはそう思います。
P97
1993年、ハウス・シチューのコマーシャルソング『ホントはみんな』という歌を歌った
〜中略〜
僕の歌がテレビのコマーシャルに使われたのは、これが初めてで、スポンサーからは一年分のシチューの素が送られてきた。どうせならシチューに入れる肉や野菜などの具もいっしょに送ってほしかった。
〜中略〜
ところが僕はレコード盤で育った人間だから、CDプレイヤーを持っていなかった。最初にCDが送られてきたときには、奥さんとふたりでこんな会話を交わしたものだった。
「あれ、こんなのが送られてきたよ」
「あらあ、きれいね。キラキラ光ってるわ」
そう言いながら、ふたりでしばらくCDを眺めていた。
N:おお、こういう世界の方が、僕にはとってもカンファタブルです。
この本と矢沢永吉の本を読み比べて下さい。対局な二人だと思います。
でも、きっと酒場で二人がお話ししたら意外に意気投合するかもしませんね。
P100
「最近、浮いた話でもないの?」
「浮いた話っていったって、土左衛門じゃないんだから浮いちゃ困るよ」
N:この人は音楽仲間とこんなバカな話ばかりしているそうだ。
こういうユーモアは矢沢にはないかもしれませんネ。まっ、別に誰も永ちゃんにユーモアは期待していないけどネ。
P114
自分がどこから来たのか、そしてどのように生きてきたのかということは、なにかの折りに振り返るべきだと思う。そうしていれば、どんなことがあっても傲慢になるようなことはない〜
N:でもさぁ、振り返ってばかりいると、首がつかれるのよねぇ。あー、首が痛いし、まわらない。どないしよー。
P116
人生が真っ直ぐな一本道であるはずがない。しかし、人が生きていく過程で劇的に変わってしまうようなこともない。いきなり人が虫になってしまうわけ
はないし、人は人のままでずっと生きていくのだから、泣いたり笑ったり、ウソをついたりつかれたりすることはあっても、若いときに見定めた方向は終始変わらないような気がする。
今の若者たちを見ていると、どうしてそんなに失敗することを恐れているのだろうと思うことがある。彼らは「失敗しないようにすること」しか考えていない。だから無難に行こうとする。自分のやりたいことを自分で見つけようとはせず、人が提供してくれたものでとりあえず満足してしまう。
〜中略〜
その時代その時代には必ず流行があるものだが、少なくとも昔は個人個人が自分の色彩
感覚を持っていた。それが今の人にはない。ひとつのものが流行ればみんながそちらへ流れていく。しかもそのサイクルが非常に短い。自分の好きなものを自分で見つけて、こだわってみるということをしない。すっかり無個性化に陥ってしまっている。
N:キットこだわっていると、アッという間に時が流れていき、不安になるのでしょうね。でもね、こだわってないものがないということ自体、それが不安の素になっていると言うことに気が付いていない人が多いような気がいたします。こだわっているものがひとつあれば、何かに失敗してもそこに還ってくればいいのだから安心だと思うのです。だからみなさん、何かにこだわって見てはいかがです?でも、何事もホドホドにね。
P128
北海道といえば、飲み屋ではないがおもしろいラーメン屋があった。
〜中略〜
テーブルに座ってふと見上げた壁にはメニューが貼ってあったから、ラーメ
ン屋に間違いないのだろう。だが、メニューはたったふたつしかない。「ラー
メン」、そして「ボンカレー」。「カレー」ではなく「ボンカレー」と表示する、その正直さが気に入った。
N:オラも気にいった。親父、そのボンカレーひとつ、下さいな。