bo-bo-記 rec.0148 01.10.12



ホワ〜ン(あるいはワカメさんに捧げるほろ苦いブルース)」
  


 さいきん、ふとしたときにイキナリ“シアワセ”を感じることがあります。正確に言うと“シアワセらしきモノ”と言った方がいいかもしれません。でも、まあ、それはプチッと蚊に刺されたようにとても小さく、そしてものすごーく短い時間ではあるけれど、身体の中を支配する刺激はそれはもうなかなかのものでした。道を歩いているときとか、お買い物の最中とか、食事中とか、まあいわゆる予期せぬ ときに、それでいてハッキリと確信的に、ホワーンとした“シアワセらしきモノが”ココロの中で広がるのです。なんでしょう。こういう感じは生まれて初めてのことかもしれません。いままでは、ほとんどのときにおいて突然にやってきたものというのは“シアワセなモノ”にアラズ“フシアワセらしきモノ”でした。古くは小学校の3年生のころからでしょうか、いつも自分をイキナリおそってくるこの“フシアワセらしきモノ”。この“フシアワセらしきモノ”に僕は幾度となくノイローゼになり、そのうえ死にたくなったりもしました。よく今まで生きてこれたと自分で自分をほめてあげたいくらいです。パチパチパチパチ。
 なぜこのように“シアワセらしきモノ”と“フシアワセらしきモノ”が40歳を過ぎてからに急に逆転してしまったのでしょうか。それはたぶんこういうことだと思います。

 僕は、二年前にC型肝炎という病気に襲われて、仕事ができなくなり“寝たきり青年”になりました。初めのころは併発した腰痛も激しく気分も塞いでしまい、おもいっきり鬱病でした。幻聴が聞こえたり、仕事中に窓から飛び降りたくなったり、人を傷つけたくなったりもしました。自分の内側から“負”の要素がこれでもかこれでもかとわきでてくるのです。まるで自分の中の“負”の見本市です。そんなとき、そういう気持ちに抵抗したり否定したりしないで、一つ一つ確認してみました。ああ、僕の中にはこんなに汚い“思い”がある、僕はこの人をこんな酷い気持ちで見ている、、あの人が羨ましい、そしてその人を人前で思いっきりバカにしたい等々。いろんな醜い心の模様が目に見えない痣となって僕の皮膚の上を覆っていきました。気がつくと身体全体にひろがった痣で人前にでることはできないほどになっていました。そこで今度は一つ一つ、そういった“負”の思いを検証してみることにしました。“負”の思いは己のどんな事情からなりたち、なおかつ己はそれをどのように処理したいのか、よーく考えて見ました。事情というのはほとんどがつまらない欲や欲望のたぐいで、それ以下でもそれ以上でもありませんでした。次にそれをどのように処理したいのか。まあ、イヤな言い方ではありますけれど、“受け入れたいなぁ”、そう僕は思いました。でもそれは苦しい苦しいことでした。だって、自分は“醜いはだかの王様はロバの耳”だったのです。僕は醜いはだかの王様はロバの耳、僕は醜いはだかの王様はロバの耳・・・・・。来る日も来る日もそう言い聞かせました。しかし、それはただただ苦しいばかりの日々でした。悪いことに“負”の要素はますます大きくなり、僕は“フシアワセらしきモノ”に包まれて、もう自分ではどうすることもできないくらいになってしまいました。

 そんなある日のことです。悶々としながら、わが家から下北沢に抜ける道をトボトボと歩いていますと、その日の空がとても青いことに気がつきました。ああ、青空だ。ものすごい青空だ。そう思ったときでした。自分のココロの中になにか心地のよいモノがホワ〜ンと広がったのです。あれれれ・・・これはなにだろう・・・ふしぎなキモチになってきた・・・ひょっとしてこれがアレですか??????????????????????そう、これこそが“シアワセらしきモノ”なのでした。闇の中で見る一筋の光のように。“フシアワセらしきモノ”の中で僕は“シアワセらしきモノ”に遭遇できたのです。

 ごめんなさい、なんだか恥ずかしくなってきました。ダメですねー、こーゆーお話しはテレてしまって・・・・・・・。
 まあ、とにかく僕は、ついさいきん“シアワセらしきモノ”に生まれて初めて出会ったというお話しをしようと思ったのでした。だからみなさん、ながーい人生、たとえ“フコウらしきモノ”に包まれても決して落ち込んだり恐がったりせずに思い切って受け入れてみてください。苦しみの向こうにホワ〜ンと何かが待っているかもしれませんから。
おしまい。

 

 next rec.

 

(C)ChildishWorks&PlayHouse 2000, All rights reserved.

 

HOMEProfileActivityWhat's bo-bo-bo-bo-recordMailmagazine