bo-bo-記 rec.0152 01.10.27



抜き書き『悪人正機』」
  


◎吉本隆明[聞き手]糸井重里『悪人正機』(朝日出版)

P16
「他人っていうのは、自分が自分を考えているほど、君のことを考えてるわけじゃないんだぜ」

N:これに似た言葉で、つげ義春さんの「お前が思っているほど、お前はたいした奴なんかじゃない」 というのがありますが、どちらも人を奈落の下に突き落としてくれる言葉なので、たいへん嬉しゅうございます。

P36
 で、この青春期の入りかけの時期については太宰治が、学校の講演なんかで似たようなことを言ってました。その時期の友情のことを太宰は《純粋ごっこ》みたいなものだと言ってるんですね。《純粋ごっこ》とは人間と人間がお互いにどれだけわかるかということで言えば、もう骨の髄までわかった感じを体験できる時期なんだ、と言ってるんです。つまり世間的、社会的には通 用しない時期だからこそ《ごっこ》なんだけど、でも、心から自分以外の人をわかった、人間もわかったというふうに思えるのはその時期しかないんだとね。僕もそういう感じがしてるんです。だからこの《純粋ごっこ》の時期を除けば、結局、この世は全部ひとりひとりだよってことなんですよ。

N:でも、さいきんではこの《純粋ごっこ》すら失われているように思うのですがいかがでしょうか。

P38
「じゃあ、人間は歳とともに、生きるとともに切なくなるじゃないか」という意見が出てくるでしょうが、実は、その切なさみたいなものは非常に大切なことでね、なくさないほうがいい感情なんですよ。

N:そうか、この切なさは大切なものなのね・・・でもね・・・つらいのね、わたしは・・・・

P39
 よく「俺、友だちたくさんいるよ」なんて言うヤツいるけど、そんなの大部分はウソですよ(笑)。結局、ほとんど全部の人が本当は友達がゼロだと思うんです。もちろん、人間には性格的に社交家の人とそうじゃない人もいますよ。でも、社交家だからいいとか、そうじゃないと損でポツンとしてるってことはないんですよ。結局、どっちだって同じ、どうせひとりよ、ということなんです。月並みだけれども人生というのは孤独との闘いなんですから。

N:吉本さんに三票入れます。

P60
 じゃあ、なんで、もともと一等初めに書く仕事っていうか、表現を始めたんだって言えば・・・実感としては、自分に対する慰めって言いますか。自己慰安ですよね。

N:じゃあ僕は18歳からズーッと自己慰安をしていることになるのでしょうか。あっ、そうだ、僕はよく人に、表現の第一歩はオナニーです、なーんてことを言ったりしているから、それを考えると12歳からズーッと自己慰安をしていることになります。ハ、ハーン、それはそれですごいかもしれない。でも、ただそれだけですけどね。

P65
仕事がほんとうにイヤになったらどうする自分はどうしてきたかって実感に即して言うと、これは太宰治の小説の一説なんですけど「自分はへとへとになってからなお粘ることができます」って言葉があるんですね。
 結局頭良すぎてキレすぎる人は、何かポシャっちゃって、へとへとになったとき、もう全部やめちゃえって手を引いちゃうんです。潔いって言えば潔いんでしょうけど、頭はよく回るもんだから、やっぱり才能、才気の持っていきどころがないというか。〜中略〜 僕は愚図だけど、粘るっていうのがあります。じたばたしろっていうことですかね。ほんとにダメだと思っても、じたばたしろっていう、ね。

N:僕も粘りなら負けません。かなりシツコイ性格だと人によく言われます。納豆も毎朝食べてるし。これは本当の話。

P144
 親と子、男と女、あらゆる場面で、従来の強い立場の者が、いままで通りに力を行使しようとすれば壊れていく。こうなると、どうすればいいか、ではなく、家族の数だけ実験を繰り返していくようなことでしのいでいくしかない、と吉本さんは言うわけだ。

N:これまた吉本さんに三票。

P145
 ある期間だけを見ればうまくいってるようでも、もう次の瞬間には全部がぶっ 壊れそうな争いが起こるかもしれないし、永続的に円満な家庭なんてものはな いんですよ。みんな、しょうがないからウソついて体裁よくしているんです。

N:そうかウソなのか、そうなると世の中すべてウソなのか、だったら、悩む ことなんかなくなるぞ。よしよし。うれちいなー。

P156
 浮浪者は三日たったらやめらんねえっていうのと同じで、視野の広さがやめられんねえっていうことが、人間にはどこかにあるわけですが、これはやっぱ り、自由の問題なんですね。

N:そうでしょうねー。自由というものにはなにも勝てませんですすわねー。 でもやっかいなのはこの自由というやつも人それぞれで、人と共有することができないのですね。切ないねー。

P159
 僕は自分でもあんまり好きじゃねなってところは、もうほっといていいと思うんですよ。
 それで、ちょっとでもいいから「これは長所だ」と思えるところだけ、伸ばしていけばいいんじゃないかと思いますね。
 いつも言うことなんですが、結局、靴屋さんでも作家でも同じで、10年やれば誰でも一丁前になるんです。だから、10年やればいいんですよ。それだけでいい。
 他に特別やらなきゃならないことなんか、何もないからね。10年間やれば、 とにかく一丁前だって、もうこれは保証してもいい。100%モノになるって、 言い切ります。ただし、10年やらなかったら、まあ、どんな天才的な人でもダ メだって思ったほうがいいってふうにも言えるわけです。九年八カ月じゃダメ だって(笑)。

N:ほんとうかなぁー。10年やっても一丁前になれない人はゴロゴロいると思うけどなー、あっ、それは僕か。

P160
一丁前になる前だったら、素質も才能も関係ない。「やるかやらないか」です。 そして、どんなに素質があっても、やらなきゃダメだってことですね。

P167
 岡本かの子は、よくそれに近いことを言ってました。要するに銀座の真ん中 で素っ裸で寝っ転がっちゃうようなことができなきゃ小説なんか書けやしないよ、書くべきじゃないよって、盛んに言ってましたけど、まったくそのとおりなんです。

N:できないなー、裸なんて。ポコチン小さいしなー。

P204
〜冒険家っていう人たちがいるじゃない。山登りとか、ヨットとかさ。ああい う人たちって、孤独な人っていうか、人間嫌いなんだろうなあって感じがして しょうがないんですよね。

N:そういえばあまり人なつっこい顔はしていないかもしれない、うん。

P239
  僕の理解の仕方では、成長の跡をたどれるような作家というのは、村上龍、 村上春樹で終わり。ウチの子供(吉本ばなな)なんかだと、そうであるところ と、そうでないところがありますよね。なんか、テレビドラマのワンクールご とっていう感じはありますけどね。
 ただね、町田町蔵(町田康のパンクバンド時代の名前)っていう人が、パン クバンドの領域から学んだいいところっていうのがあると思うんです。だから、 もし本人が「ロックやってるより、小説書いてるほうが高級だ」なんて思っていたらダメでしょうね。それだと「この程度の人だったらいくらでもいるよ」ということになっちゃいますから。

N:「町蔵は瞳孔が開いていて面白いけれど、でもそれだけで、瞳孔以外はつ  まらない人よ」と某女優はもうしておりました。

P246
 だからコトバっていうのは、先述した民族語の違いでもいいんですけど、あまり根拠がないんですよ。つまり、民族語であるとか、方言だとかって言ってるけど、そんなものは何の根拠もないよって。あるとき偶然、誰かが「シスター」って言いだしたから「シスター」になっちゃったということでしかないんですよ。そのくらい曖昧というか不確定なものですから。
 フランスにソシュールっていう、本当に偉い言語学者がいたんですけど、この人はそれで頭がおかしくなっちゃったんですからね。つまり、こんなに根拠 がない、もうどうしようもないっていうことを考え詰めていってね。何もしゃべらないっていっていうのと、しゃべるっていうのとどこが違うんだとかね。
 もうそうなって、ちょっとおかしくなっちゃったんですよ。だから、それぐらい、言葉っっていうのは根拠がないんですよ。
 人間そのものが持っている根拠のなさと同じでね。生まれたことっていうのには根拠がないんですね。生まれたことには根拠がなくて、それで親の方からいえば、産んだことにも根拠がないってなるんですよ(笑)。

N:これを読んでソシュールさんに僕はシンパシーを感じてしまいました。

P254
 折口信夫(歌人・国文学者)っていう人が「歌のはじめ」ということについて、要するに「自分の魂・恋愛感情をね、その相手の人にくっつけちゃうことなんだ」と言っているんです。
 歌自体は文字で書くものだけど、本当は声に出して詠むものだと。そうすると、歌に込められた魂や恋愛感情が、相手にくっついちゃったみたいに対応するんだ、と解釈をしているんですね。
 この折口信夫の解釈ってのはすごいぜ、って思ってるんです。
 〜中略〜
 ですから『源氏物語』の見方でも、
 〜中略〜
 例えば、光源氏は、怒ったり、癪に障ることがあって、「これは許せん!」となると、相手を呪い殺すような性格だった、というようにね。実際、話の中には、源氏に疎まれた揚げ句に神経が衰弱して、痩せ細って死んじゃった相手も出てきますからね。つまり物語りでも言葉でも、その発生のところで溯って考えを突き詰めていく。その意味では、初期マルクスに近い。すごい人ですよ。
 次元が違うって感じですね。

N:うわー、わかるわかる。それ以外言い方がわからないくらい、よくわかる。

P258
ただ「もののあはれ」を書くっていうのが文学で、それが一番いいんだと。

N:これも折口信夫の言葉。
  いいですね。「もののあわれ」か・・・・・・・・・・。

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