bo-bo-記 rec.0154 01.12.24



抜き書き―『グレートピープル。ストレンジ。』他6冊」
  


◎いしいしんじ『グレートピープル。ストレンジ。』(日之出出版)

P70
(見世物小屋に)河童くん、という出しものがある。ステージ中央に穴があいていて、ちらちらと水面 が見えている。なかに、河童くんがいるのである。司会のおばさんが声を張り上げ、「はいっ、河童くん、ごとーじょー!」するとゴボゴボとあぶくが立ってきて、タイコがどんどこ打ち鳴らされ、立ち見の客から、きゃあ、ほんとに、なんて小さな悲鳴が上がり出す。泡はいっそう激しく、激しく、激しく・・・・・と、あれ?弱く、弱く、弱くなってきて、結局、水面 はもとどおり鏡のように静かになる。そこでおばさんはまたもや声高に、「はい、今日は河童くん、ごきげんななーめー!」最高である。

N:ハハハハハ・・・・・・(笑)。馬鹿馬鹿し過ぎるー。

P97
 戦後のエノケンは、脱疽のため、足の指や太股を切断するはめになり、ぴょんぴょん跳ねるなどむろんのこと、歩行にも困難をきたすようになった。60歳で首つり自殺しようとしたが、この世へ別 れのひと言、「さようなら!」
の声があまりにでかすぎ、家族に見つかって未遂に終わった。このあたり、すでにいい塩梅の老境である。

N:で、結局1970年元旦、肝硬変で入院。5日、エノケン最後の言葉は「ありがとう」であったとさ。喜劇人の最後は悲しいなり。

P111
 室内でなく、音の反響しない路上で毎晩歌いつづけたことが、ピアフの声をつくった、と評伝にいう。
〜中略〜
スターにつきものなのはいまも昔もスキャンダルだが、ピアフの代名詞とさえいわれているのはもちろん、男性との恋愛沙汰である。
 作曲家、作詞家、同じステージに立った歌手と、数珠つなぎのように恋に落ち、花火の勢いで別 れていく。イブ・モンタンは彼女のツバメだったのが、巣から放り出されて飛び立ったのである。音楽関係者ばかりではなく、ツール・ド・フランスの優勝選手にボクシングチャンピオンと嗜好は幅ひろかった。そのたび本気で好きになるので酒量 は増える一方だった。死ぬ間際まで手をぬくことなく、若いシャンソン歌手ときっちりつき合っている。
〜中略〜
 作家、ジャズ演奏者、俳優などを軽々とこなし、フランスっぽいものが大嫌いだったボリス・ヴィアンでさえ、彼女の「道化師万歳」という歌を聴き、
 「マダム・ピアフ。脱帽だ。実際、電話帳を読み上げてもピアフは人を泣かせるだろう」
 と書いている。
 そういう声なのだ。

N: 数年前に全編シャンソンが流れる刑務所のお話しを創ったとき、シャンソンを聞きまくったのだが、ピアフを聞いてしまうと、他の歌手に手が伸びなくなってしまった。聞く方の耳を虜にしてしまうそんな声であった。

◎和田誠『知らない街角』(理想社)

P220
 色川さんの人生論では「人間、ツキのフクロの大きさは同じだ。勝ち過ぎれば必ずやぶける」というやつが、自らの博打体験から出ているだけに強烈な印象を残している。

N:ここに出てくる色川さんとは亡くなった作家の色川武大さんのことです。
これと同じで玉袋もそうです。ヤリすぎると必ずやぶけます。僕の友人で 三人ほどいます、そんな人が。

◎川本三郎『あのエッセイこの随筆』(実業之友社)

P143
 井伏鱒二は一人で飲むより、いつも親しい友人たちとにぎやかに飲むことを好んだ。安岡章太郎はそれについて、興味深い思い出を書いている(『尊魚堂主人 井伏さんを偲ぶ』筑摩書房、00年)
あるとき、安岡章太郎は大病をして半年ほど入院した。やっと退院し、清水町の先生に挨拶に行った。先客がいて、昼間からすでに酒が始まっている。いつもながらの楽しい酒だ。
しばらくして安岡章太郎は手洗いに立った。気がつくと奥の部屋から線香の匂いがする。井伏夫人に、どなたか不幸があったのかと聞くと思いもかけない返事が返ってきた。
「昨日、次男の大助がなくなりまして、今日、葬式をいたしました」
「私は呆然とした」と安岡章太郎は書いているが、これには読者も驚く。いくら平常心を心がけている作家とはいえ、子ども(大助)の死の直後に、悲しみを外に見せることなく、客の相手をするとは。
驚く安岡章太郎に、井伏鱒二はこういったという。
「そう、しかし僕は葬式には出ない主義だから出ないんだ。ただ、あしたは大助の息子の結婚式があるんでね、これは僕が代理で出るつもりだ。いくら何でも結婚式に片親が欠けているのは可哀想だからね」
私事を決して他人に見せない、語らないのが井伏鱒二の信念だったのだろう。

N:な、なにもそこまでしなくても・・・。信念というより変人のような気がする。何をかかえていたのだろうか、井伏さんは。知りたくもある知りたくない気もする。

P200
「現代の文学作品には、どうも友人があまり出てこない。どうしてなんだろう」と高橋英夫は呟いているが、現代ではもう「友情」は死語かもしれない。

N: そういえばここのところ路を歩いていても“友情”というやつにとんと出会わなくなった。どこかに隠れているのか、それとも地下に潜ってしまわれたか・・・・。そういえば樹海に入っていくのを見かけた、という噂も聞くが、どなたか見かけられたら御一報を。

P218
「精神がひじょうに緊張しているときは、そのための努力をしなくても、求めるものが与えられる」

N:ドイツの文芸学者クルティウスのお話しで、そのころ彼は入手困難だったワイマール版のゲーテ日記を探していた。 ある日、ソーセージを買い、包み紙を見ると、なんとそれが探し続けていたゲーテ日記の一枚であったばかりか、求めていたまさにその箇所だったと云う。
これは僕も経験上一理あると思いますが、精神の緊張を無自覚に持続すると精神がイカレます。はい。

◎安西水丸『ガラスのプロペラ』(誠文堂)

P44
昭和30年代というのは、もしかしたら、日本が歴史はじまって以来、最も幸福な時代ではなかったかなどと時々おもうことがある。

N:右に同じで。僕は昭和35年生まれなのだが5歳までの記憶がハッキリ残っていて、ものすごく幸せだったような気がする。でも貧乏だったけどね。

◎荒木経惟『アラーキズム』(作品社)

P10
賞ってやつはいいもので、金はくれますし、ひとりぼっちのぼくを勇気づけてくれます。ごきげんです。

N:僕はいまだかって賞は貰ったことありません。だから“ごきげん”も知りません。ああ、早く“ごきげん”になってみたいわん。

P13
老人にはどうもコンプレックスがあっていけない。いや、それでいいんだろう。人間はセンチメンタルでいいんだ。

N:そうか、いいのか、センチメンタルで、オヨヨヨ・・・・・(泣く)。

◎本宮ひろ志『天然まんが家』(集英社)

P31
 たまに、皆の話に参加すると大ハジをかいた。個性の強い若者の集まりである。二派に分かれて大議論も始まる。互いに相手を否定し、自分を主張する。私は、横でそれを聞いているだけだった。しかし、AもBも両方言ってること、正しいと思うんだけど、なんで、相手方をこんなに攻めるんだろう。「相手の言ってることを認めれば、自分は倍になるのにな」マンガ青年の集まりの中で、私の収穫はまさにこれであった。

N:僕は一応相手の言ってることは表面的には認めるようにしている。だけど、水面 下ではブスリと相手の太ももの辺りを刺している。イヤな奴である。

P120
 我々の仕事は、ゼロから「1」を創り出すことである。
その「1」はどこにあるのか、どこの位置にある「1」が正しいのか、残念ながらマンガ家は全体として幼い。子供っぽく、オタクのかかったマンガ家達の、社会性という天然の海にある、「1」への指針となるべきは編集者達である。

N:そうなの僕には編集者がいないの、だから指針となるべきものがないの。
 ああ、僕は一体何処にいるの?誰か教えチョーライな。

P219
 じゃあ「文学性」って何だと聞かれたら、うまく説明できないが、人間の内面 とか感性、切なさのような部分じゃないかと思っている。それは、ちょっと背伸びをしてとどくかとどかないか、という場所にあって、私はよく手を伸ばしてみる。

N:イイナー手が届くところに切なさがあって。先日、自分の切なさを探した所、僕の場合切なさは金玉 と肛門の間にあることがわかりました。それを友人に自慢すると。「それは蟻の戸や」と言われ非常にショックを受けました。それいらい切なさの場所を探しまくっています。早く出て来い切なさよ。

◎中島らも『中島らものたまらん人々』(サンマーク出版)

P145
「七福神ナゾナゾ」というのがあって
「おっきなチンチンの神様は」
「んーっと、大コック!!」

N:お後がよろしいようで、ではでは。

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