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◎三谷幸喜『三谷幸喜のありふれた生活』(朝日新聞社)
P131
ワイルダー先生もおっしゃっていました。準備を怠らなかった映画は必ず成功するって。
N:それは何事においても言えます。準備さえ怠らなければ、現場も潤滑に回り、皆がハッピーにモノ造りに励めます。でも今の時代問題なのは、だからといってその作品が当たるかどうかは、また別
の話なのです。悲しいかな・・・。
P181
そう、現場では監督の言うことは絶対的に正しいのです。だから反発ではなく、すべてを受け入れるところから、何をすべきかを見つける。それが我々、演者の仕事なんですね。
N:この“監督”という部分を“親”とか“妻”とか“上司”とかにして見て下さい。なんだか人生においての人間関係の鉄則としても使えそうですよ。できるかどうかは別
にしてね。
P185
「神様は、それが耐えられる人だけに、試練を与える」というのは誰の言葉だったか。
N:ああ、耐えるぞ、耐えるぞ、何があってもオイラは耐えてやるぞ。でもね、神様。“ほどほどに”と言うことも覚えて下さいナ。
P217
落ちこぼれだった僕は、勉強よりもむしろ同級生を楽しませることに青春を費やしていた。
例えば中島先生は専門は英語。当時人気だった故三遊亭小円遊師匠に顔が似
ていて、授業中に指名されて教科書を読まされた時、「Whenyou〜」
をさりげなく、「こえんゆ〜」と発音して、笑いを取ったものだ。
N:僕の伯父は活舌が悪く、その昔、西部劇(せいぶげき)と本人は言っているのだが、回りの人間は洗面
器(せんめんき)と言っているようにしか聞こえなくて、親戚の集まりのとき、伯父の「あの洗面
器(西部劇)覚えているか?ジョン・ウェインの」の問いに、親戚中の誰ひとりとして答えることができなかったことがある。
P222
四十歳になってようやく分かったことは、僕のような引っ込み思案かつ「淋しがり屋」の人間には、大勢の人間に囲まれつつも、決して注目は浴びず、でも周囲に埋没はせずに、控えめに存在を主張出来る、そんな環境がベストのようだ。かなり我儘な願望ではあるが。
N:四十歳になってようやく分かったことは、僕のような引っ込み思案かつ
「淋しがり屋」の人間には、大勢の美女に囲まれつつも、決して注目は浴びず、でも周囲には埋没せずに、控えめに男根を主張出来る、そんな環境がベストのようだ。かなり超我が儘な願望ではあるが。
◎沢木耕太郎『世界は「使われなかった人生」であふれている』(暮らしの手帖社)
P18
だが、師弟の関係には、それを極限に近くまで深めていくと、師であり弟子であるというだけでは収まり切らなくなってくる奇妙な側面
がある。本来は、知識や技能を教授したり伝授したりというだけの関係にすぎないものが、仮構の肉親関係に近づいていってしまうのだ。師弟が、仮の父子、仮の母子になってしまう。それは恐らく、教えるという行為の中に、種の保存本能にも似た、自分を未来に繋げようという無意識の願望が混ざり込んでしまうことの結果
なのだろう。場合によっては、師は実の子に対する以上の愛情を弟子に注ぎ、弟子は実の親以上の敬意を師に抱くようになる。だが、その愛情と敬意こそが、教える者にとっても教えられる者にとっても、より高度で困難なレッスンに耐えさせていく原動力になるのだ。そして、その関係は、どちらかに不意の死が訪れないかぎり、弟子の師に対する「裏切り」で幕が下りることになる。なぜなら、ひとたび教える側にまわることを受け入れた者が、現役としても超一流でありつづけていることは稀であり、そうである以上、教えられる者としての弟子は、能力が増せば増すほど、さらに多くのものを求めて師の引力圏の外に出ていこうとするからだ。師弟のドラマは、弟子の師に対する裏切りのドラマにならざるをえない。
N:映画「マダム・スザーツカ」の評より。
そうなのです。一度つくった人間同士の関係というのは、なかなか壊せないものなのです。僕は今、演技の学校の講師をしているのですが、生徒に対して「決して先生と呼ぶな」と言っています。なぜなら、“先生”と呼ぶと、なかなかその人を越えられない関係性を自分の中でつくってしまうからなのです。事実、わが家では妻の事を“先生”と呼んでいるのですが・・・。
P196
老いの向こうにある死はどのような死も等価である。子供や孫たちに囲まれて大往生する死も、養老院でひとり死んでいく死も、生まれ故郷の海に漂って
死ぬのも、結局は同じ死である。死はただ死として死んでいけばいい。
N:アイスランド映画「春にして君を想う」の評より。
でも、これはあくまでも“老いの向こうにある死”であって、“突然死”の場合ではない。“突然死"は突然にやってくるので、魂の奴は自分が死んだことがわからない。こうなってくると死はただ死として受けとめることができなくなってしまう。だから、人生ってヤツは不安で、よくわからなくて、面
白いのである。
◎大下英治知られざる渥美清(廣済堂文庫)
P90
渥美には、日常性との断絶がある。日常性が皆無ですらある。むしろ、黙っていれば、日常を拒絶するような違和感がある。
N:これは僕の個人的な意見なのですが。肝臓を患っている人というのは、どうしても鬱性の精神状態になり易く、悲しいかな世間との壁を造ってしまいがちになります。別
に好きでやっているわけではないのです。本人は治したくて仕方ないのです。だけど、なにせ肝臓病というのは、人の元気を暴力的に奪っていく病気です。気がつくと悪しきことを考えていたり言っていたりするのです。気分転換をしようにも、これまた暴力的に体力を奪われているので、身体が思うように動きません。ですから決して日常を拒否しているので
はなくて、そういう感じに見えてしまうのです。ほんとうはとても日常性を欲しているのです。ああ、早く治したいです・・・・。
P142
渥美はいった。
「なにかひとつのいい演技をしようとすると、十を出そうとおもったら、二十
持ってないと、十は出せないだよね。倍くらいのことを持ってないと」
N:俳優の仕事のとき、僕は一を出そう思って、十を持って現場に言っていました。それで、努力をしているつもりになっていました。でも、渥美さんは最初から十出そうと思って現場に向かっていたのです。頭が下がります。
P328
〜狂って演ってますからね。あれは、やはり、ワンカット、ワンカット狂った
状態に自分をもっていって演ってる。こう、熱気が伝わってくるでしょ。どこ
か、ほんまもんのところがある。またそれを出すためには、狂わなきゃ演れな
い。こう、年寄りがいろりばたに座って自分の来し方行く末を、ゆっくりと語っているのとは違うんだ。ね、映画観ててもわかるでしょ。寅がね『エ、何か言った?』『エ、またおれのこと何か言ってたな』なんてね、コンプレックスの入りまじった、それでいてオレは田舎者じゃない『こっちは町っコよゥ』
という、あの狂ったような言葉のやりとり。芝居だけというダンドリじゃ、できないんだな。〜
N:狂っていると言うのは、きっと集中力のような気がします。俳優は自分の限界まで集中力を持っていきます。この限界点が低いとヘタクソと言われます。でも、いつもいつも限界まで自分を持って行くのは、あまりにもシンドクて、それこそ気が狂ってしまいます。でも、渥美さんはいつも限界まで挑戦していたのです。そういう人だからこそ、人から天才と呼ばれたのでしょうね。でも、そのせいで寿命は縮めたと思います。
P371
「ぼくはねえ、やっぱり女のひとが好きだし、とても女に惚れるけれども、できることなら、いっしょに暮らさないでいたいとおもうんです。
いまは嫁さんもっちゃったから、こんなこといえた義理じゃないんだけど、できれば、女というものは、すこし離れてみていたいですね。たとえば、もの書きが書いた物語りとして、画描きが書いた画としてみていたいのです。
もしそうだったら、絶対その人を裏切らない、というほんとの自分の気持、そういう自信はありますね。絶対、お前さんに捧げた自分の気持ちは、たとえ手をさしのべて、なでてやることはできなくても、その気持にうそはないよ、といい切れるなにかがあるんですよ、ところが、これが生身の相手で、一緒に暮らしていくとなると、やっぱり裏切らなきゃあ、生きていけないんじゃないかという気がするんです。
わがままないい方でしょうけれど、やはりいっしょに住み、いっしょにこどもを育て、いっしょに生きていくということは、つらく、しんどく、大へんなことなんじゃないんでしょうか」
N:うーん、どうなのでしょう。僕はまだ途中なので・・・・
P530
「渥美さん、生死の問題になるんだけど、神はいるはずないし・・・・・。でも、困るんだよね、今後のことを考えると、なんでもいい、手を合わせるものがないと、困るんだよね」
松村(達雄)は笑わせるつもりはなかった。
N:うん、そういう場合はなんでもいいと思うのです。手を合わせる対象は。気持ちさえあれば。僕なんか無宗教なので、細君とか、子供とか、猫とかに手をあわせています。ウソだけど、たまにホントです。
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