bo-bo-記 rec.0161 02.5.6



抜き書き―『原宿セントラルアパート物語』他3冊」
  


◎浅井愼平『原宿セントラルアパート物語』(幻冬社文庫)

P37
「月をポケットに入れて歩ける、と語ったのはプラトンだった」たとえば、寺山はこんな風に話しかける。ところが、実際のプラトンはそんなことは語っていない。語ったのはプラトンを借りた寺山だ。

N:寺山さんはきっと女(男)を口説くのも上手かったにちがいない。とてもいい詐欺師である。

P278
「クリエイティブって、結局、そういうことなのかもしれないね。主観と客観のほどよいバランスなんだ。もっともシリアスなクリエイティブは主観だけかもしれないから、この場合、エンターテイメントは、自分のなかの観客と折り合いをつけることかもしれない。観客のレベルが問題だけれども」

N:僕はまだまだ主観ばかりになってしまうなぁ。観客と折り合いをつけようとはするのだけれど、ついつい腹が立ってしまって・・・・・。

P281
人生は何度ぐらいやり直しができるのだろう。タモリのように九州から東京に来れば、その距離に比例して夢があるのかもしれない。オレゴンにいればニューヨークに行けばいいし、雪が積もり冬が厳しければ春を待てばいい。椅子がなければ椅子をつくればいい。いや、働いてかたちのいい椅子を買ってもいいさ。そんな風にだけ人生を過ごせないだろうか。

N:ここにでてくるタモリはまだ売れる前のタモリであす。よく思うのですが、なぜ爆発的に売れる前の芸人のパワーというものは、凄まじいほどの毒気と、美しいまでのみずみずしさが同列に並んで同居しているのでしょうか。とても不思議な魅力的です。

◎佐野眞一『人を覗にいく』(ちくま文庫)

P10
「朝10時半に起きて、近くの市民プールに行きます。不安神経症を治すため医者にすすめられたもので、もう10年以上続いています。午後は多摩川の近辺を自転車で散歩して、夜はボーッとしています。新宿に出るのは1年に1回くらいです。だいたい、外への関心というものがまったくないんです」

N:これは、つげ義春さんを取材したときのつげさん本人の言葉だそうです。
それにしても新宿に出るのは1年に1回くらいしかないなんて・・・。果たして東京に住む意味があるのだろうか。ひとごとながら気になってしまう。うーん、どうでしょう。

P12
この人のガラスのような感受性は被弾しても外には飛び散らず、一つ残らず内側に突き刺さるのだろう。

N:これもつげさんの回で、つげさんに対する感想。
つげさんの痛々しい精神構造が伺いしれる一文です。

P262
「怒らず、恐れず、悲しまず」

N:新宿の伊勢丹を一流にし、そして銀座の松屋を再建させた男、山中貫のモットーだそうです。 これができれば、人生における苦しみの半分は避けられるでしょうね、キット。

◎ピーコこと杉浦克昭、聞き手・糸井重里『ピーコ伝』(日系BP社)

P189
小田原の病院だったから、山ひとつ向こうが箱ねなのね。
夏の芦ノ湖の花火だったんです。
遠い花火だから、音がしないの。ただ、光るだけ。
そのうち、いちばん高い花火が三つ、音もなくパーッとあがって、消えた。
ああ、私の左目で花火が見られるのも、これが最後なのね・・・・・。
そう思ったら、急に涙がわいてきた。

N:この後にピーコさんは手術をして左目を失うことになる。でもそのおかげそういえば、以前六本木ですれ違ったときのピーコさんの表情は痛々しいほどに棘が刺さっていて、大変怖かった覚えがあります。 そのときがはじめてです。自分の目のために泣いたのは。

P199
ただでさえ落ち込んでいるのに、なぜわざわざそんな暗い曲ばかり聴いていたのかっていうと、もっともっと落ち込みたかったから。悲しいいま、ビリー・ホリディの悲しい歌を聴いて、もっと悲しくなって、どんどん落ちこんで、とことんまで落ちこんで、これ以上落ちこまないところまで落ちこめばいいんだ―そう思ってた。

N:人間、おちこむことは大切でと思います。それもとことんまで落ちることが。 みんな中途半端に落ちるから、何度も何度も浅いところで悩むのです。思いっきり落ちれば、つぎには思いっきり上がるチャンスがきっと来ます。

P244
1995年1月17日夜、わたしは渋谷の老舗「ジャン・ジャン」で、シャンソンのコンサートを開いたの。
お気づきかと思うけど、阪神大震災があった日だったんです。
(中略)
七百キロ離れた東京で、なにもできないのがくやしくて、不安がいっぱいで、とてもステージに立てるような心理状態ではなかったけど、コンサートを止めるわけにはいかないでしょ。
神戸のお友だちのことが頭から離れないまま、ステージに立って、まず、『雪が降る』を歌ったんです。
そうしたら、最初の『雪が降る』という声が出ない。
なんべん、やり直しても、出てこない。
歌がうたえない。
わたし、ステージでぼろぼろ涙を流して、お客さんに謝りました。
「ごめんさい、今日は覚えてきたものをぜんぶ忘れてしまいました。歌詞を見ながら歌いますけど。許してください」
すると突然、暗い客席から、
「ざまあみやがれ!」って声が聞こえたの。
美輪さんだった。
おわったあとに美輪さんが、
「ざまあみやがれ、って言ったのは、もっとラクに歌えるだろうとおまえが思っていただろうからだよ。でも、おまえ、これもいいんだよ、こういうのもライブっていうんだ。歌なんてそんなに甘いもんじゃない。
客にあやまることなんてないんだよ。おまえが歌えなかったっていっても、じゅうぶんにライブなんだから。だから気にしなくていい。おまえはいろいろなことを体験してきて、もう、シャンソンを歌えるひとになったんだから」そう言ってくださったの。
すごく楽になりました。

N:ピーコVS美輪明宏。この日のお客さんはとてもいいものを見ましたね。素晴らしい。ザマアミヤガレ・・・・か。

◎岩城宏之『オーケストラの職人たち』(文藝春秋)

P85
練習場でリハーサルをし、本番当日、会場練習をすると、練習場で何日もかかって作り上げた演奏上でのバランスが、役に立たなくなってしなまう。だから、演奏会をやるステージでリハーサルをやり、本番でそこにお客さんを迎えるのが、理想なのである。

N:芝居だってそうです。上演する小屋でしっかり舞台稽古をして、芝居が小屋になれないと意味がないのです。そこのところ、よくわかったうえでつくって下さいな。

P116
以前、自分の十八番を質屋に入れた噺家のことをきいたことがある。金を返すまでその噺をしなかったそうだし、貸す質屋もスゴイ。日本は文化国だったと、感動してしまう。

N:ああ、誰かー!誰でもいいから、オイラの十八番を買ってくれー!おねがいだー!!!

P144
「指揮者ってすごいんですねぇ。オーケストラの音が全部わかる耳をしているんですねぇ」
と感心されることがある
「全部の音が聞こえると言ったら、ウソになります。でも聞こえないと言うのも、ウソです。聞いています。聞こえない音は、存在していないと思っているしかありません」
などと言ってケムにまく。

N:僕はよく役者に「どうでした。私の今日の演技は?」と聞かれると、ついつい正直に「ごめん。よく見ていなかった」と云ってしまい、役者から不信感をかってしまいます。ションボリ。

P166
自分のビデオは、必死になって見ないようにしている。音楽が嫌いになるから。自分さえ見なければ、クラシックは大好きだ。矛盾も極まれりである。
日本のオペラ歌手が、メイキャップで西洋人に化けて、十八世紀のヨーロッパの貴婦人のしぐさをしていると、ゾッとしてしまう。

N:僕なんか自分が出演していると試写会にすらいけないでいる。でも、そうしていると付き合いが悪いと云われてしまう。違うのに・・・付き合いが悪いわけではないのに・・・・ただ恥ずかしいだけなのに・・・・・誰も判ってくれません、悲しいかな。

 

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