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◎竹中労『芸能人別帳』(筑摩書房)
P41
勝という役者は“演技の世界”を絵空ごとでなく、実人生として生きようとしているのだ。常識的にいえば、それは愚かな行為である。演技論からいっても、糞リアリズムと一笑に付されてしまうだろう。だが、そういう役者バカがいなくては、庶民の夢を満たす映画は生まれないということなのだ。
N:勝新太郎の章で。
僕は役者・勝新太郎があまり好きではない。でも彼の映画は大好きで、よく観た。彼の監督した映画も観た。彼の事が書いてある本もよく読んだ。彼の生き方ももっともだと思う。ではなぜ嫌いか。きっと彼がどこか芸能人として扱われてしまったからだろう。彼はあくまで役者であってほしかった。そういう願いが彼が亡くなるまで続いた。
P98
それは、まるで死人のように生気を失って、土色によどんだ表情やった。俳優、とりわけ喜劇の役者はんゆうものが、ひとりボッチでいて、だぁれの視線も意識していないときにする貌を、そのときワテは見たんです。
N:藤山寛美の章で。
藤山直美さんの横顔にも僕は同じようなものを見たことがあります。だから藤山親子は面
白いしスゴイと思います。
P123
郵便ポストにカランでいた六宏をみた、という本当のようなウソがあるくらいだ。
N:戸浦六宏の章で。
僕の聞いたとこによると俳優の大杉漣さんは控室で誰も話す相手がいないと、お弁当にむかって世間話をしているそうです。
P211
「芸の道には、峠や谷はあっても、頂上というものはありません」
N:山田五十鈴の章で。
あと、平野も盆地もありません。
◎香川照之『[鬼が来た!]撮影日誌』(キネマ旬報社)
P143
〜昔、俳優の倉田保昭氏から、「自分のやりたい役をやっている俳優をぶっ殺して、次の日、小道具係だったその男が殺された男の役を代わりにやっていても平気な国が香港だ」と聞かされていた私は、〜
N:僕は香港にいたら三日で殺されてしまうだろう。恐ろしい国だ。それにしてもこの「鬼が来た!撮影日誌」は面
白い。中国人がホントいやになりまするー。
◎山口瞳『木槿の花』(新潮社)
P232
週刊誌の見開きの随筆を長続きさせる方法をお教えします。三打数一安打をこころがけることです。毎回が面
白いと読者はそれに馴れてしまって、もっと高度なもの、もっと密度の高いものを要求します。これは決してツマラナイものを書けと言うのではありません。いや、ときにはツマラナイものを書いてもいいのです。そのかわり、これは面
白いと思ったら、その材料を蔵っておくのです。面白い材料をある回に集中して発表します。三打数一安打のヒットというのがその意味です。それが二塁打、三塁打になれば、五打数一安打でも、読者は許してくれるものです。
N:うーむ、何も言えない・・・・・・。
◎桑原稲敏『往生際の達人』(新潮社)
P52
「女優の末路だけは喜劇にならない」(チャールズ・チャップリン)
N:僕はいまだかつて幸せな女優さんに会ったためしがない・・・・・・。
P57
田中絹代はテレビドラマ『前略おふくろ様』で、急逝する母親役を演じた。そのドラマが放送される四日前、昭和五十二年三月二十一日にこの世を去っている。○
その翌日、ドラマ前略おふくろ様を書いた倉本聡は、鎌倉山にある田中絹代の家に初めて入ってみた。〈まず田中さんが世話する人もなく、全く一人で住んでいたと訊いて驚いた。田中さんは、主として廊下にいたと、出入りの職人が教えてくれた。その部屋はひどく寒かった。寒いのに暖房の設備が殆どなかった。寒い上にやたらに暗かった。照明の設備が不足していた。いや、あるのだが電球が暗すぎて、部屋の冷たさを余計に感じさせた。洋間に続く四畳半があり、そこには小さな置きごたつがあった。こたつのすぐ脇に電話があったので、田中さんはいつもここにいたンだなと判った。古びたテレビが一台あったが、驚いたことにそれは白黒テレビだった。それがたったの一台きりだった〉
そんな田中絹代に四十年も付き添い、彼女がボディさん(ボディガードの意)と呼んでいた俳優の隼信吉はベロベロに酔っぱらい、呆然と立ちつくす倉本聡に泣くように話しかける。〈「先生、ごらんよ、ここにいたんだよ。田中絹代はいつも独りでね。俺がたまに来るとこの暗い部屋で、こたつにあたって頭かかえてンだ。両手でこうやってさ、電気もつけずにさ、田中絹代はいつも独りで、頭抱えて座ってたンだ。え?判りますか。天下の田中絹代がですよ!頭抱えて座ってるんですよ!」・・・・・・同二十五日、『前略おふくろ様』第23話は、蔵王の村でのおふくろ様の葬儀を、VTRロケにより放送した。雪の中を行く葬儀の列に、おふくろ様の遺影があった〉
(倉本聡著『さらば、テレビジョン』)
N:ほらね。田中絹代でさえ哀しい死に方をしているでしょ・・・・・・・。
P121
〈泣くは人生、笑うは修行、勝は根性〉花登筐作家の死後、郷里の滋賀県大津市に建立された記念碑には、生前好んでサインしたこの文字が刻まれている。
N:根性、もしくは意地、もしかしたら執念かもしれませんね、勝のは。
◎辻仁成+種田陽平『映画づくりの旅』(世界文化社)
P51
〜まあ、でもね、映画は天気でつなぐものではない。感情でつなげないと、見ている人はつらくなりますね。
N:僕もそう思います。映画は感情でつなぐものだと。でも、誰の?
P64
つまり映画というのはドキュメンタリーだし、映画に勝か負けるかということで言えば現場でいろんな人間と向かい合って、その人々に愛されるか愛されないかも重要な映画づくりの方法なんでしょうね。
N:というより人に愛されたいと願う人々が集まってつくるのが“映画”というもののような気がいたします。
◎春風亭小朝『言葉の嵐』(筑摩書房)
P100
「疲れた時の自分が、ホントの自分じゃないんですか」 立川談志
N:今の僕です。
P128
「独立の気がない者は人にたより、人にたよる者は必ず人を怖れ、人を怖れる者は人にへつらう」
福澤諭吉
N:そして人にへつらう者は自己を見失う。哀しいかな・・・・・。
P149
私は昔から冠婚葬祭が苦手です。嬉しくても悲しくても、その雰囲気に身をまかせたふりをしながら、ここという時に自分の存在をアピールする人に、弱いのかもしれません。
「それでは、新郎新婦の門出を祝して、マイウェイを一曲!」
本当に祝しているのは、これから自分に与えられる四分二十秒の晴れ舞台に対してなのです。
新郎新婦の友人が涙ながらに、「恵子、幸せになってね」と、スピーチをしている姿を見ながら、この人は近い将来の自分の姿を、花嫁に投影して泣いているんだろうナと、思ってしまいます。
芦田伸介さんの御葬儀で眉間にしわを寄せ、まなじりを朱に染めて、しぼりだすようにおっしゃった名優森繁久彌さんのひと言
「私が、かわってあげたかった」。
これが、もし本当なら、参列者の心をうつはずなのです。ところが、誰の葬儀でも同じことをおっしゃるものですから、マイクをむけているレポーター陣も、心の中で、ホントは誰の身替わりになりたいんだヨと、小さなつっこみを入れてます。
もちろん、人生の儚さ、世の無常を感じていることも事実でしょう。
しかし、ある心理学者の分析によると、「こんなことを言って大変に申し訳ないけど、森繁さんの言動は、葬儀の主役である芦田さんに当たっているスポットライトを自分の方にむけたという、役者の性じゃないのかな」となるわけです。
N:僕はほとんどのお葬式に行きません。そこに行く意味が分からないからです。だってそこに来ている人達って、ほとんどの場合“俺は死んだあいつのためにここに来ているんだぞ”という自己主張をしていて、たちの悪い人に至っては葬儀の場で営業を始める人までいるのです。なんだかそんな人を目にするのがとてもツライのです。僕の知り合いなんかはお葬式に行くのをビジネスのひとつのようにしている人がいて悲しい感じがします。今の日本、お葬式さえもなんだか本来の目的を失っているように思えてなりません。
P170
〈男は自分の知っていることを話し、女は男がよろこぶことを話す〉
N:これは当たっているとは思うのですが、お互いアツアツの時期という限定付きだと思います。
P174
その昔、良寛和尚が、ものを話す時に、してはいけないことを、書き残しています。
一、言葉多き
二、口の早さ
三、手柄話
四、よく得ぬことを人に教える
五、ことごとしく物を言う
六、学者くさき話
七、風雅くさき話
八、悟りくさき話
九、親切らしく物を言う
そして、
十、すべて、言葉をしみじみと言うべし
N:そ、そんな!ではいったい僕はどうすればいいの?
P191
自分を開放しつづけることは少しずつ狂気へと近付くことになります。ただし、噺家の場合はどう頑張っても狂気にはなれません。
なぜならば所詮は脳の支配下におかれている一人芸であること、そして、六十センチ四方の座ブトンの呪縛からどうやっても逃げられないからです。
それでも師匠は限界まで自分を解放しつづけました。しかしとてもやっかいなことに、狂気に近付いていくプロセスを、冷静にセルフモニタリングするもう一人の自分がいるのです。
この状態が長く続くと、悪酔いのようになってしまいます。そして、そこに追いうちをかける声がきこえてきます。
「どうしたんや、おもろうないでェ。もっとわしを楽しませんかい」
たいがいの芸人なら、ここで自分自身とおりあいをつけようとするでしょう。
「お前自身はそれでいいのかい」
「よくはないけど、これ以上を望まれましてもねェ、もう勘弁してくださいよ」
こうなった噺家にいったい誰がどんなアドバイスをおくれるというのでしょう。
「落語なんちゅうもんは、そこまで考えなくてもええねん」
「いや、あなたの気持ちはわかりますが、私としてもこれが限界なんですよ。ホラ、女房や子供も食わして喰わしていかなきゃいけないし。まァ、客は受けてんですから、それでとりあえず良しということにしといてくださいよ」
自分をとことん追いつめたことのない人間のこんななぐさめは決して闇夜の松明にはなり得ないのです。
枝雀師匠の相手はお客様でも芸人仲間でも、ましてや評論家でもありません。自分とすっかり乖離してしまったもう一人の自分なのです。
自分の言いわけをきいてくれない自分がいるというのはホントに怖ろしいことだと思います。
私には一流の演者と、一流の観客が刺し違えた、そんな風に感じられました。
N:これは自殺された桂枝雀さんのことを小朝さんが分析された文章です。
とてもいい分析だと思います。
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