bo-bo-記 rec.0165 02.11.05



抜き書き―『黒喜劇』他10冊」
  


◎阿刀田高『黒喜劇』(文藝春秋)

P280
すばらしい結婚。
すばらしい妻。
一瞬、不安がよぎった。
不安の理由がすぐにはわからない。
幸福の絶頂にあるとき、すぐ近くに不幸が黒い陥穽を開けている・・・・・・。この世の中はえてしてそんなものだ。絶頂より高い絶頂はない。変化があると すれば下り坂のほうだ。マイナスに向かう道だ。

N:[時の迷路]の章で。
人間にとってこれ以上ないマイナスの道って、一体どんな道だろう。“死”だろうか、いや違う気がする、じゃあ一体なに?

P345
―この世は嫉妬で動いている―
人間関係の深奥を覗くとき、順一はしみじみとそう思うことが多い。思いがけないところに嫉妬の歪みが伏在しているものだ。

N:[愛はいつまでも]の章で。
そうですね。自分に嫉妬心というものがなかったら、悩みの7割は解消する気がします。それにしても人間の嫉妬は恐ろしい。

◎高橋源一郎『小説教室』(岩波新書)

P 
真実というものは、知ってみると、たいていガッカリします。見も蓋もない、という感じ、だからです。

N:そのとおりだと思います。何も言えません。

P43
 小説を書くためには、「バカ」でなければならない
 わたしが、あなたに望むのは、何より、「バカ」であること、です。
 ところで、「バカ」とは何でしょう。「バカ」は無知とはちがいます。無知はなにも知らないが、「バカ」は、自分がなんにも知らないことだけは、知っているのです。
 「バカ」は、なにも知らない。世界が、どうなっているかを。自分が、なにものであるかを。だから、知りたくなる。知りたくて、知りたくて、目を開く。

N:それでもバカは死ななきゃ直らない。

◎永沢光雄『AV女優2』(文春文庫)

P554
 TOHJIROというAV監督とは、一度酒を呑んだことがある。〜(略) 〜その男が、森下くるみという新人女優と一年間の契約を結び、計十二本の作品を撮るという。アダルトビデオを通 し、一人の女の子のルポルタージュを作ろうという試みなのだろう。よほど四十男の監督は森下くるみに魅力を覚えたのだろう。だが、その話を聞き、私はTOHJIROさんも大変なことを始めちゃったな、と少し同情した。生きている一人の人間を一年に渡って表現し続けるということは、その一年間、その人間を背負い共に生きるということに他ならない。その間、自分が関わってしまったことによりその人間になんらかの変化が生じる。それは、精神的にかなり重い。もしかすると、恋愛や結婚よりもしんどい作業である。

N:僕は表現活動っていうものは、恋愛とひじょうに近いものだと、昔から思い続けて来ました。だから作品をつくり終えると、恋愛が終わったような虚しさと自己嫌悪を強く感じます。けっして清々しいものではありません。

P562
そうなんである。娘を持ちながらも離婚をし、アパートで一人暮らしをしている中年男の部屋というのは妙にこざっぱりとしているんである。

N:悲しいな、中年って。

◎上原隆『1ミリでも変えられるものなら』(NHK出版)

P22
〈不幸は理不尽だ〉

N:そ、そんな。

◎斎藤晴彦『歌う演劇旅行』(晶文社)

P22
やっぱり、役者にいいのがいないのだ。みんな芝居が似ている。日常生きている人間のように、それこそ、日常の身振り手振り、声音、表情、などなど細かくやって見せてくれる。ただそれだけのことで、妙に退屈なのだ。そんなのは役者のやることではない。役者は、変なこと、見たこともないこと、驚くべくことを演技しなければならないのだ。いや、演技とは、そういう代物なのだ。

N:やっぱり役者には見世物魂がないと面白くないのでしょうね。

◎井上ひさし・つかこうへい『国ゆたかにして義を忘れ』(角川書店)

P8
<つか> 〜もともと攻撃的な性格が守りに入ったらダメです。人間ができてないから河原乞食やってるのに、人間ができてきちゃった。

N:ハハハ(笑)、いいじゃないですか、悟りのはいった河原乞食がいたって。

P156
<井上>  まあ、つかさんはまだそれまで時間がありますけれど、本当に辛いときあります。四十過ぎて、四十五ぐらいから。
<つか> と言いますと。
<井上> 人生観がガタっと変わる。もう先がないというのが突然わかるんです。
自分は長生きしてもあと十年ぐらいしか物が書けない、というのが突然 わかる。これはショックです。途端に眠れなくなって、不眠症に・・・・・・。疲れてても眠れない。で、結局そういう本を読む。だんんだんその本に合わせて眠れなくしちゃう。今までカラカラと笑って生きてきたのですけど、もうカラカラとは笑えないですよ。演技して笑ってるんです。ウツ病のエンターティナーという感じ。

N:井上さんが鬱病のエンターティナーなら、僕はバランス感覚のある分裂病だ。

P170
< 井上> カート・ヴォネガットのエッセイ集に名言があります。人間は、人間の可能性をたしかめるために音楽を聞き、小説を読み、スポーツを見るのだ、というのがヴォネガットの考えなのです。

N:僕は生きるためにそれをしています。

◎永沢光雄『強くて淋しい男たち』(ちくま文庫)

P116
〜そしてついに彼女の口から、「もうわたしたちは駄目。わかれましょう」という言葉が出たのだった。いつも驚き感心するのだが、女性というものは別 れを決意した時、その目つき、その口調、唖然とするほどにこちらを軽蔑したも のになる。〜

N:僕はこの女性の持つ残酷さが、怖くて怖くて過去に何度も逃げました。

P279
サラリーマンの人に「お前らはしょせん野球しかできねえんだろう」って言われると腹が立つ。ええ、僕はあなたのようにワープロは打てませんけど、じゃあ、あなたに野球ができますかって言いたい。だからね、みんな同じなんですよ。世界中みんな、自分がやれることをやってるだけなんです。

N:元プロ野球選手パンチ佐藤の章で。
いいこと言うぜ!パンチ!!

◎長尾三郎『虚構地獄 寺山修司』(講談社文庫)

P17
「どんな鳥だって想像力より高く飛ぶことはできない」(戯曲『邪宗門』)

N:僕は演出してるときよく思います、創造力を越えてくれる役者はいない。

◎蜷川幸雄+長谷部浩『演出術』(紀伊国屋書店)

P65
 つい最近、二、三日前にうちの娘が妻に、僕のことを演劇オタクだと話したそうなんです。僕には、遊びにいく友だちもいないようだし、今のオタクたちと全く変わらない。現実と接触するのが嫌なばかりに、袋小路みたいな閉ざされた生活をしている。だけれども、「そんな生活をどこかで救済して、ゲームの終わりは、必ず自己救済でありたいと思っているみたいだ」と言っていました。まあそういう要素は確かにあるのかもしれません。 

N:僕は演劇オタクにもなりきれなくて、最近では妻からカビ呼ばわりされてい ます。

P133
原則としては「稽古でできてないことを、突発的に本番でできるなんて思わない方がいい」と僕は思っていますね。

N:そのとーり。ぶっつけ本番の奇跡は舞台に限ってはないでのす。

P180
人生に無駄な時間があるのと同じように、舞台にも無駄な箇所と空間や場所があるんです。そこを俳優の力で、どうやって持続して見せていくかを教えておかないと、スケールの大きい俳優になれないと思うんですね。

N:スケールの大きな俳優って誰だろう。蜷川さんのことだから松本幸四郎って言うのかしら、だとしたらチョットつまらないですねえ。

P181
女性は初めから大体うまいんですよね、男と違って自意識を処理する仕方が、子供のときから多分できている。女の子はかわいいとか言われながら、他人の 目を意識して育ってくるんでしょう。鏡をよく見るでしょうしね。このごろは男もしょっちゅう鏡見ておしゃれをしてるから、昔より自意識過剰の俳優ってのは少なくなりましたよね。

N:そのかわりナルシストは増えてます、ふふふふふふ。

P194
今だといろんな俳優さんが一緒に仕事しようって言ってくれますから、おもしろいキャスティングが組める条件にありますね。でも、人生に三回ぐらいしか、 いいときってないんです。それは、もう本当に、よくわかった。自分を守るものは作品のあがりしかない。お客さんの入りがいいから作品がいいってわけじゃないし、入りが悪いから作品が悪いっていうわけじゃない。劇評が悪いからといって本当に悪くもないし、誉められているからってそんなに優れているものじゃない。そこのところの自分の保持の仕方、厳しいというのとちょっと違うんだけど、自分に対してフェアであり続けるっていうのは難しいんですよ。

N:えっ、三回しかないの、いいときって。オラはもう終わったのか、まだなのか、どうかまだであってほしい。

P200
『グリークス』の稽古場にも桐朋学園や蜷川カンパニーの若い俳優が毎日来ていますけど、こちらが本息でやらないかぎり、人は育たないと思いますよ。

N:僕も本息で生徒に演技を教えているが人は育ってくれていない。なぜかしらん。

P275
なぜ深いところで人と人がある信頼関係で結ばれないのかと、若いときからずっと思い続けています。もちろん恋愛や愛は不安定なものですし、恒久的に保証されているわけではないけれども、どこかである瞬間「あらゆるしがらみを忘れて、その人と深く知り合えたら、深く確認できたら」という願望が強いんでしょう。その小さな点のような思いが、劇に爆発していく。日常ではもう影をひそめているかもしれないけれども、芝居というフィクションの中ではかなえることができる。   

N:うーん。いい話しです。

◎竹本浩三『オモロイやつら』(文春新書)

P68
「何とかなる。何ともならんのは、何とかしようとせんからで、何とかしようと 頑張ったら何とかなる」

N:よし!がんばるぞ!!

P182
「人生はチャレンジや。先に結果を出すな。やってみて駄目でもともと。やってみてダメの後悔は後悔と違う。やらないのが後悔だぞ」

N:そうや!!!

◎新藤兼人『弔辞』(岩波新書)

P13
「役者ってね、みんな自分が主人公になりたいの、それから厄介なことに、自分がうまいと思ってるの、わたし相手役がへたくそででくのぼうなとき、ぶんなぐりたくなっちゃうの」

N:これは名女優の故・杉村春子の言葉だそうです。
よかったー、杉村先生と共演してなくて、共演してたらワシなんかボコボコでっせ、ホンマ。

 

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