bo-bo-記 rec.0085 00.12.03



エンゲキ=[mne.george]のころ(12)」
  


 その女性は名前をK子と言い、モデルの経験はあるが芝居の経験はまったくないとのことでした。アンナの代わりにしてはシットリとしすぎるなぁ。我が儘なもので、会った瞬間からアンナとの比較が始まり。出来れば外したいと思っているアンナのことが急に愛しく感じられます。

「とりあえず、一度台本喋って貰えます。棒読みでいいですから、あまり感情を入れ過ぎないように、ゴクゴク普通 に読んでください。」

「わかりました。」

アンナの台詞を違う女の子が喋っている。悪くはないがやはりこの芝居は良くも悪くもアンナの魂が入ってしまっているようで。聞いていて、あまり居心地は良くありません。

「ありがとうございます。」

K子は台本から目を離しこちらを見る。緊張感で少し湿った瞳が色っぽい。

「あなたの恋愛観とか聞かせて貰えませんか。」

「私・・・老人が好きなんです。」

「オジサンじゃなくて老人ですか。」

「もう恋愛とかと縁のなさそうな老人と最後の恋愛がしたいんです。わたし独占欲がすごく強くて、浮気されるのとてもイヤなんです。でも老人だとそんなに体力もないし、わたしがこの人の最後の女だって実感が出来て、とても燃えることができるんです。」

「燃えるんですか。」

「ええ、燃えるんです。」

オ・オラと燃えないかい。もちろんそんなこと言う勇気もなく。返事は明日しますと言って、その日は彼女には帰ってもらった。

「どうでしょう。」

Fが尋ねる。

「今日中に決めないと時間がないですよ。」

「やっぱり、、、アンナで行かせて下さい。」

「またトラブッたらどうします。」

「そのときは僕がなんとか説得します。」

「演出がそう言うのならそうしましょう。」

「すみませんでした。せっかく連れて来ていただいたのに。」

「いいんです。明日、断りの電話入れときますから。」

「ごめんなさい。」

Fに頭を下げた。 僕は「X」を出て、夜の渋谷の街を歩いた。落ち葉が舞い始めている道は冷たく、人を受け入れてはくれないようで、歩いていると何かが刺さってくるようだ。僕は公衆電話を探し武蔵野君の家に電話をかけた。

「もしもし、武蔵野君。オレだけど。」

「どうも、ナカナカ稽古うまく出来なくて。ごめんなさい。」

「大丈夫だよ。まだ時間はあるから。」

「でも、不安ですよ。出来るかなぁ。」

「出来るよ。絶対できるから、それは安心しろよ。」

「わかりました。」

「うん。ところでさぁ、お前、アンナのことどう思う。」

「どう思うって?」

「好きか?」

「えっ?」

「付き合うきないか、アンナと、芝居が終わるまででいいんだ。」

「今はちょっと・・・・芝居のことで頭一杯だし・・・どうかしたんですか・・・・ヘンですよなんか・・・なにかあったんですか?」

「いや、べつにいいんだ。それにお前は八年かかるしな。ごめん、ヘンなこと言って。じゃあな、明日また。」

何をしているんだ、と思った。自分で女優はアンナにしてくれと言っておいて、ちょっとトラブルがあると違う女を連れて来いと言い。連れて来たら来たで今度はアンナを手放すのが惜しくなる。でもトラブルはイヤだ。誰かアンナと付き合ってくれないか。それで武蔵野君に電話をする。まったく情けない男だよ、オレは、ほとほと自分がイヤになる。こんなオレについて来てくれている役者やスタッフに申し訳なくなってくる。いつかオレは誰かに恨まれて殺されちまうよと、そんな気持ちで半蔵門線の渋谷駅でボーッと人込みの中でつっ立っていた。手足が冷たくなり目眩がして息苦しくなってくる。瞳孔が開いて行くのがわかり、頭がパニック状態と化しおもいっきり走って地上に出る。ハァハァハァハァと過呼吸の状態が続く。人々が異様な眼でこちらに目をやり通 り過ぎていく。誰も助けてはくれない。アスファルトに頬をつけてみると鉄のように冷たく、10月の夜の闇が自分に殴りがかってくるようで、とても恐かった。

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