bo-bo-記 rec.0091 00.12.15



エンゲキ=[mne.george]のころ(18)」
  


 芝居というものはおかしなもので、ある種の集団催眠状態に人を落とし入れる。みんながカルト宗教の信者のように、ファナティックになって行く。そしてそのままの状態で本番に向かって突き進んで行くのだ。役者なんかさしづめ暗殺を行うヒットマンのごとく、ものすごい不安と使命感に情緒が不安定になる。そうなるのがイヤで僕はなるべく休みの日を取るようにしている。そうしないと客観性を欠いた人達をつくってしまうからだ。逆に役者を支配したければ、睡眠不足にさせて朝から晩まで稽古漬けにすればいい。そうすればある程度洗脳できるだろう。実にくだらないことだが、そうしている劇団はたくさんある。本当に実にくだらないことだ。しかしだ、客観性のある人間ばかりの芝居も、これまたつまらない。難しいところである。 トシは生まれて初めて、芝居の稽古で、普段封印してしまっている感情をこじ開けてしまい、一気に感情が爆発してしまった。経験のある奴はたとえ爆発したとしても、それを収める術をしっている。でもトシは初めてだった。僕はトシが暴れた日から、稽古後は興奮した彼の気が鎮まるまで、一緒に居てあげることにした。そうしないと必ず誰か他の人を傷つけることになるからだ。僕とトシは二人で冷たくなった夜空を見あげながら、グルグルと街を歩いた。歩きながらトシはダラダラと自分の話をしてくれた。惚れた女は今まで一人しかいないこと、薬物にはまったことがあること、痴如に童貞を奪われたこと、お父さんのことが大好きだったこと、等々。話すことで、彼の過剰に熱くなった身体と心は、十月の寒風と一緒に、何処かに吹き抜けていってくれた。そう思っていた。でもある日、トシは顔にケガを負って稽古場に現れた。喧嘩したな・・・・。僕はトシに尋ねた。

「その傷、どうした。」

「転びました。」

「うそつけ。喧嘩か。」

「俺の盗まれたバイクに乗ってる奴見つけたんで。その場で捕まえたら。取っ組み合いになって・・・・。」

「べつに喧嘩してもいいけどさぁ、芝居が終わってからにしねぇか。今、ここでお前が問題起こして、捕まったら、他のメンバーどうするのよ。もっと他の連中の事、考えろよ。他人のこと殴る力があったら、芝居で出せよ、もったいない。今日から通 し稽古のあと、個別稽古に入るけど、お前、全部つきあえ。みんなが一生懸命やってる姿見て、反省しろ。」

おお、久しぶりの熱血先生だ。背筋が寒くなる、オラだった。

その日から始まった個別稽古の内容はこんな感じだった。役名トシ、ヤス、理人、想、にとって、mne.georgeの存在は何だったのか、自分のアイデンティティーを脅かす女性ってなんだろう。mne.georgeの死体に直面 した彼らはどんな反応をしたのか。きっとそれは彼らが女性に持つ、または母親に持つトラウマに近いモノが出てくるハズ。もちろん、そんな場面 など芝居の中にはない。だけどそこらの歴史をキチンとしておかないと、板の上の彼らの存在が希薄になってしまうだろう。ひとりひとり順番に稽古は始まった。mne.georgeの死体にはアンナになってもらった。

まずは役名ヤスこと本石君とmne.george。 何度も繰り返しやるほどに彼の恐怖心が増していき、最後は震えながら泣いていた。恋愛なんかしたことがない、そういう本石君の言葉どうり、彼はどこかで女性に対して怯えているのだ。最後までmne.georgeの死体に触ることはなかった。

次の日は理人役の静岡君。死体の上に跨がってしがみついて離れなくなってしまった。稽古中にもかかわらず、しがみつかれたアンナが困った顔でこちらに目線を送ってくる。よく見ると静岡君の腰が動いている。きっと、勃起しているのだろう。ソコをアンナの恥骨にこすりつけている。止めようと思い、静岡を見ると哭いている。指を噛んで女のように哭いている。見ていたトシは感動のあまりプルプルしている。まるで代々木忠のビデオのようだ。観念したかのようにアンナも静かに目を瞑る。オイオイ、そんなの有りか、お前たち。ここで始めるのか。即席ではあるが誰も入り込めないディープな愛がソコにあった。僕は部屋の明かりを消してあげた。月明かりが窓から入り二人に注がれた。既に静岡君の腰は動きをやめていた。いつの間にか二人は眠りについしまったようで、微かに寝息が聞こえていた。

問題は武蔵野君だった。この男、よほどガードが固いのか、恥ずかしがって何も反応を示そうとしないのである。付き合っている女にもきっと自分の本当の姿なんぞ見せたことないに違いない。動かざること山のごとし。ただ、死体を前に、ジッとしているだけだ。こうなれば、根競べだ。僕もジッと待つこと三日間。ようやく山が動いた。ゆっくりベルトをズボンから外し、バックルが外にくるように、先端の方を握り締め、遠心力に任せてそのまま勢いよく振り下ろした。バックルが死体役のアンナの顔をかすめ壁にぶつかった。それから、何度も何度も振り下ろされた。武蔵野の目から涙が迸り、鼻からは鼻水と鼻血が流れだし、壁には穴が空いた。室内なのに、まるで武蔵野の身体に激しい雨が襲いかかっているようだった。

「武蔵野、お前の身体に雨が突き刺さっていたよ。」

「えっ、雨ですか。」

「降っていなかったか?雨。」

「僕のイメージでは、mne.georgeの“オリモノ”が降ってきてたんだけどなぁ。」

「げぇぐぇ。」

あまりの汚らしさに僕とトシは口から声にならない音を出した。

最後はトシだ。トシにはもう一つ付け加える事があった。mne.georgeの死体を見た後でトシは自分も首を括らなくてはならない。これが非常に難しい。それも演じるのはクササの極致のトシだ。でもそのために個別 稽古に付き合わせて来たのだ。やって貰わねば。

ある日トシヤは都会の公園で、一人寂しく、空虚な時間を垂れ流していた。どれくらい垂れ流していただろうか。気がつくと向かいのベンチで同じように孤独を垂れ流している女の子を見つけた。お互い垂れ流しているモノを救いとってあげようとするまでに、そんなに時間はかからなかった。二人ともなんとなく公園で会うようになり、帰りはいつもトシヤが彼女を送っていった。でも決してトシヤが彼女の部屋に入るようなことはなかった。その日トシヤはとてもヘンだった。この世界の捩れに身体も心も捩込まれてしまっていた。彼女に会いたい。トシヤは彼女の部屋へ行った。彼女は幸せそうに首を括っていた。死体がなにか歌のようなモノを口ずさんでいる。トシヤもつられて歌う。歌いながらポケットからナイフを取り出し。彼女の唇を切り取る。切り取られた唇は歌うことをやめない。トシヤは唇をソッとハンカチに包み、ポケットに入れた。そのまま唇と一緒に街を歩くトシヤ。そして自分のアパートに戻り、首に紐を巻つける。少しだけ幸せそうに・・・・。

トシはしっかりトシヤを演じた。少しもクササはなく、見ていた僕は彼の出すナニカにものすごく自分のナニカを揺さぶられた。クサくない。あのトシがクサくない。トシが最後の最後に間に合ってくれた。クサくない。それどころかスゴイ。しかしだ、なぜか稽古場がクサいのだ。強烈な匂いが鼻を突き刺してくる。見るとトシが失禁していた。ズボンのあそこの場所が染みている。芝居のクサさが折角消えたのに違う意味で臭い男になってしまっていた。僕は芝居の稽古でお漏らしする人間に生まれて初めて出会った。トシは結局最後までクサかった。そしていろんな意味でスゴかった。

明日はゲネプロ。本番どうりに行う僕たちの最後の稽古である。

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