bo-bo-記 rec.0093 01.01.12



最近読んだ本からの抜粋(1)」
  


◎「愛の風俗街道」著:花村萬月 (光文社)

人間はみんな嘘つきです。では、なにを評価するか。嘘の独創性です。P196

中島(以下N):その嘘を肯定化したモノが表現だと思います。

◎「尾崎翠」著:群ようこ (文春新書)

「失恋してゐる女の子とは、片つぽだけ残つた手袋のやうなものです。」 〜「地下室アントンの一夜」尾崎翠〜 P153

N:こういう表現をされると中年親父でも胸がキュンとしてしまいます。

ある部分、物を書く人間は人が見てはいけないものを見なければ書けないところがある。P159

N:モノを書く、ということは本当に恐ろしいことですねぇ。

一瞬、彼女は過去を思い出して袋小路に入ってしまい、出口が見付からなくなり、哀しくもがいてしまったのだ。P179

N:「袋小路に入り込んだら上を見上げて自分の空を探そう」、そう決めているのだが、袋小路に入り込んでる最中はそんなことこってり忘れていることが多いのは、なぜだろう。

「ケッサクださうだが一向金にはならない。」 「このまま死ぬのならむごいものだねえ。」と大粒の涙をこぼして、七月八日に息を引き取った。P185

N:いつの時代も、イイ作品ほど金にはなりません。

◎「翻訳夜話」著:村上春樹 柴田元幸 (文春新書)

小説を書くというのは、簡単に言ってしまうなら、自我という装置を動かして物語を作っていく作業です。自我というか、エゴというか、我というか。我を追求していくというのは非常に危険な領域に、ある意味では踏み込んでいくことです。ある場合にはバランスを失うぎりぎりのところまで行かなくてはならないし、外の世界との接触が絶たれていく場合も多いんです。それくらいの危機をはらんだ作業であるということができる。出来上がったものが立派であるかどうかは、また別 の問題として。P16

N:バランスって何だろう。そういえば救急車って英語でアンバランスって言いますけど、言い得て妙ですね。

『優雅な生活が最高の復讐である』=他人からいろいろいやな目にあって、意地悪されて、踏みにじられて、頭にきて復讐しようと思って、復讐というと相手を殴ったり、相手をいじめ返したりすることだけど、そうじゃないんだと。そんなことは意にも介さず、あるいは意に介してもしらんぷりをして、優雅にチャラチャラと楽しく暮らせば、それが相手に対するいちばんの復讐ななるんだということなんです。P24

N:僕も同感でいつかこういう復讐をしてみたいのだが、ついつい馬鹿みたいに感情的になってしまう、オバカの見本です。

翻訳は人の魂に降りていき、小説は自分の魂に降りていく。P196

N:イタコは人の魂に降りていき、ミコ(巫女)は自分の魂に降りていく。

◎「最良の日、最悪の日」著:小林信彦 (文藝春秋)

《大昔は桜の花の下は怖ろしいと思っても、絶景だなどとは誰も思いませんでした。》 《・・・・・・桜の花の下から人間を取り去ると怖ろしい景色になりますので・・・・・・》 坂口安吾の言葉である。P87

N:そうなんです桜の樹の下にいると、気が狂いそうになります。花見なんぞする人の気が知れません。

「主人公が最初に出てくる場面をもっと良くしてもらいたい」なんて台詞は、日本のアイドルもよく口にするものである。こういう勝手なことをホザいている時が、実は、アイドルとして、もっとも華があるのだがP121

N:ということは、謙虚になると華が枯れるということか。

三木のり平の没後に、彼の談話を記録した本が出たが、そこにいるのり平は新劇コンプレックスに満ちた、好ましくない人物だった。映画における仕事をすべて自己否定して、演劇人として評価して欲しいという。結局は、悪性の〈森繁病〉の一人にすぎなかったようだ。P40

N:小林信彦が悪く言わないのは植木等だけだ。

◎「のり平のパーッといきましょう」三木のり平、聞き書き:小田豊二 (小学館)

僕の独断と偏見で言わせてもらえば、「せりふ」というのは、「競り符」じゃないかと思う。そう、競り合う。役者と役者が舞台の上で、丁々発止と渡り合う「言葉」。つまり、競る符牒だ。だから、「せりふ」って言うんじゃないかと思う。P192

N:うん、うまい。

歌舞伎で言うとね、昔は「書き抜き」っていうものがあって、自分の役だけのせりふしか渡されない。それから顔合わせになって、読み合わせになるわけだけど、その時改めて狂言作家が、こういうストーリーだと全部の台本を読んで聞かせる。それを「本読み」と言ったんだ。いまは役者が立ち稽古になる前に、みんなで円くなって、台本を読むことを本読みと言ってるけど、本当はちがうんだよ。あれは「読み合わせ」だ。P203

N:芝居っていうのは昔から、あくまでせりふ重視なんですね。オラはもっと映像的に創っていきたいでゲス。

最初の「読み合わせ」の時は、むしろ棒読みのほうがいいくらいだ。すっピンで集まって、そのうちにだんだん化粧をしていくのが稽古場だとしたら、最初に厚化粧をしてこられたんじゃ、その化粧をまず落とす手間が余分にかかっちゃうし、自分でつけた色っていうやつは、そう簡単には消えないからね。P204

N:最近ではナチュラル・メークってのが流行です。

男と女に関する格言で、僕が好きなのはね、「男は過去を知りたがるが、女は男の未来を知りたがる」っていうヤツだ。なっ、わかるだろ。別 の角度から言えば、「男は女の最初の男になりたがり、女は男の最後の女になりたがる」っていうのと似てる。 〜中略〜 それから、「女は嘘をつかない。だが、本当のことも言わない」っていう格言もある。P253

N:男は嘘つきだ。でも、たまには本当の事も言う。

「口先三寸」なんて言い方はない。「舌先三寸」だ。「的を得た表現」なんてのもおかしい。的だから矢で射る。正しくは「的を射た表現」だよ。「下手な考え、休むに似たり」っていうのも間違いだ。「下手の」っていうのが正しい。P371

N:だ、そうです。

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