つまり、「明日死ぬとしたら」という条件を付けて「何をすべきでないか」を考えてゆきますと、おもしろいことにこの世の偉大なことは背景に退き、個人的な些細なことが前景に広がってきます。P22
N:それで結局は死ぬ瞬間に「お母ちゃーん」と言うのですね。
〜いかなる作家もその売れ行きに無関心な者はいない。いいですか。家族の醜態を、妻との確執を、自分のセックスライフを書いて、あるいは人生に絶望していることを書いて、その売れ行きを心配するのですよ。こうした神経はどう考えてもまともではありません。といくら言っても、もはややめることができないほど、十分に強く、十分に鈍感で、十分に下品な人が、書きつづける(ことができる)のです。P47
N:そう言われても、オラは書きたいゾ。
・・・・・ソクラテスは言った。「良いことにせよ悪いことにせよ、自分の家の中で起こること」これこそが、そしてこれだけが大切なのだ、と。P57
N:これはニーチェの言葉だそうです。ところで今日僕は太めのウンチがこんもりと出ました。
だいたい、(とくに一流の)学者や芸術家ほど下品な人間は−私の経験からすると−いませんので、こうした人々に上品さ、誠実さを期待しても無駄
です。深刻な質問であればあるほど、茶化すことによって、「かわす」人は多い。P59
N:そうだ、そうだ。でも、誠実な人ってこの世にいるのかね。
現代日本で、とくに若者のあいだで「明るくしなければならない」重荷は、とても大きいように感じます。それに適応力のない者は疎外されてゆく。自分は「おかしい」のではないか、と思いつめる。しかし、私に言わせれば、結局死で終わる悲惨で残酷な人生を生きる態度としては「暗い」ほうが自然です。「明るい」のは相当無理をしているか(つまり演技がうまいか)、救いようもなく鈍感だからでしょう。P77
N:逆に「暗くしなければならない」重荷にすれば、自然と明るくなるのではないのかなぁ。どうでもいいことだけど。
僕が知っているかぎり、芸術家で人間的におもしろいのは、芸術家として駄
目なやつだ。りっぱな芸術家は作品のうちにのみ存在していて、人間としてはつまらないものなのだ。大詩人、真に偉大な詩人はあらゆる人間の中で、最も詩的でない。そこへいくと、下級の詩人は文句なしに魅力的だ。彼の書く詩が不出来であるほど、彼という人間は美しく見える。二級の十四行詩を出したことがあるというだけで、その詩人はまったく魅力的な人間となる。そういう詩人は自分では書くことのできない詩を、身をもって生活しているのだ。ところが、一方の〔偉大〕な詩人は勇気がないために、身をもって実現することのできない詩を、紙の上に書き連ねているというわけだ。P84
N:これはオスカー・ワイルドの言葉だそうです。 僕は所詮人間なんておもしろくない生き物と思っていますが、いかがですか。
あらゆる神の属性中、最も神の為に同情するのは神には自殺の出来ないことである。P86
N:これは芥川龍之介の「侏儒の言葉」からの引用だそうです。ということは私たちは神様よりも一つ多く人生の選択肢を持っているのですね、なんとお徳。
三島由紀夫は−芥川と同じように−やはりアノ人もコノ人もつまりほとんどすべての他人が嫌いなのだが、そうした批判をする過敏症の自分が最もイヤなヤツだということも忘れません。自分が批判している相手と同じ穴のムジナであることを自覚している。それと深くつながっているのですが、芥川にはなくても彼がもっている最大の武器はユーモアでしょう。P87
N:三島や芥川がいくら人間嫌いといってもタイプのオネエチャン(三島さんの場合はオニイチャンか)が下着を付けずにオイデオイデをしていたら近寄って行くと思うゾ、オラは。
このごろ、だんだんわかってきたことですが、「人間嫌い」とはじつは自分が嫌いな人ではなかろうか。そして、その底には「人間大好き」が潜んでいるのではなかろうか。私は、白州正子が次のように言うことの意味が隅々までよくわかるのです。
おもうに真に人間好きな人は、人間嫌いになるのが当然の成行きなのだろう。
真に人間好きな人は、人間つまり自分にも他人にも多大な期待をしますから、自分からも他人からも裏切られつづける運命にある。自分という人間もホトホトあきれはてたヤツなのだが、自分からは離れることができないので、せめてあらゆる他人から離れてドンドン人間嫌いになる傾向を必死の思いでくい止めようとするのです。
哲学会のパーティーに出席すると、私は他人の一挙手一投足が気に入らない。しばらく我慢しているのですが、一次会、二次会、三次会と続くにつれて気持ちもゆるんで不快感を吐き出してしまう。そういう自分も嫌で嫌でしかたないのだが、やめることはできない。なぜなら、アルコールの体内量
が増すにつれて、気が大きくなって、自分や他人に過剰に「期待してしまう」つまり過剰に「要求してしまう」からです。結局は、アイツもコイツも馬鹿ばかり、そしてそう言う自分がいちばんの馬鹿と結論は決まっている。これはあまりにも真実なので、ヒドク傷ついてしまう。こうして、真に人間好きな人は、パーティーに行っても人間嫌いが増すだけなのです。
P138
N:よく宗教で“期待をしないで信頼せよ”と言われるが。それが良いのはよくわかるのだが、果
たしてそれを実行しているヤツいるのかね。