bo-bo-記 rec.0097 01.01.16



インタビュー」
  


「あのー、まもなくbo−bo−記もとりあえずパート1が終わることだし、いちどインタビューなんぞしてみたいのですが、ワカメさんの知り合いでどなたか面 白い方いませんか。」

「私の知り合いに、池田敬太さんというカメラマンの方がいるのですが、その方はどうでしょう。」

「よいでしょう。」

というわけで今回は池田敬太さん(カメラマン)インタビューです。日時は一月七日午後七時。場所はワカメ宅の新年会にて。ほかの参加者はワカメさんの旦那、僕の細君と娘、ワカメ旦那の友人の“取り越し苦労君”です。池田さんに関しては僕は何も知らない状態でインタビューを試みました。僕と池田さん以外の人達は新年会の飲み会になっており、すでにベロンベロンの人もいます。目の前のお皿の上にはトロやカニがならんでいて。火の付いた鍋の中には鳥肉や葱がぎっしり入っております。すべてワカメさんのお手製。それでは始めます。

−初めまして中島陽典です。

「池田です。」

−エーッと、池田さんはカメラマンという肩書でいいんですよね。

「はい、他に映画の看板なんかも描いていますけど、カメラマンでいいです。」

−映画はお好きなんですか。

「ええ、大好きです。でも僕は始めは演劇青年だったんです。むかしキラキラ社(*1)っていう劇団がありまして。そこにいたんです。その後、あの唐十郎の劇団状況劇場に入りました。そこで小道具をやってまして。ちょうど「住み込みの女」という芝居のとき。床屋の椅子が必要になり東京中捜し回った記憶があります。状況劇場の小道具費はひと公演一万五千円なんですよ。だからほとんど電池代ぐらいにしかならない。その他の小道具はそれぞれがかっぱらって来るなり自腹で買って来るなりしなくちゃならない。もう悲惨でした。でも自分で捜してきた床屋の椅子が唐さんの舞台の上でスポットを浴びるのを見ると、なんだか幸せな気持ちになれるんです。うん、楽しかったなー。」

池田さんは日本酒を一口含みます。  

「飴屋法水(*2)っていう先輩が早稲田のACTミニシアターでルイス・ブニュエルの『忘れられた人々』だったかなー、とにかくすごい映画だから行って観てこいって言うんです。それで観に行ったんですけど、すごいんですよブニュエルは、もうグチョグチョ。そんな映画にもかかわらず、メキシコではその映画が文部省選定かなんかになってて。池田、スゴイよなぁーメキシコは。そう飴屋さんが言ってたの覚えてるなぁー。」  

−飴屋さんってイイですよね。  

「あっ、御存じですか、うれしいなあ。スゴイですよね。飴屋さん。僕ね思うんですけど、唐さんの脚本を一番理解していたのは飴屋さんじゃないかと思うんですよ。唐さんも飴屋さんにだけは“おまかせ”状態でしたものね。」

誰かが池田さんにお酒を継ぎます。  

「ありがとうございます」

また一口、口をつけます。
ここで家の娘が用事があるので「先に帰ります」と、立ち上がります。
まだ池田さんにご紹介していないのに気づき。  

−娘です。  

「そうですか。僕も娘が二人居るんですよ。」  

−ご結婚されてるんですか。  

「ええ。実は去年、女房が死にましてね。ある日突然言われたんです。ガンですって。そのときはもう手遅れで、あちらこちらに転移してて・・・・・。よくいろんな人に慰められるんだけど、どうもねぇ・・・・・。」  

−そうですか。  

「人はいろいろ言いますよ。もっと不幸な人は居るんだから、それに比べたら自分はまだマシだって思えって。でも、そんなこと・・・」  

−比べることじゃありませんものね。

そうなのだ、その人の話はその人の物語りであって、応用は効くが、立ち直って行くには自分の心との長い長い戦いが待っているのだ。  

−この先池田さんは奥様の死をどのように抱えていかれるおつもりですか。 

やっと、インタビューっぽく話の核心に触れようとしていた。
ふと見ると、池田さんの眉間にしわが寄り、その細い指が小刻みに震えているのがわかった。イキナリ挙動不審状態になる池田さん。やはり池田さんにとってソコは触れて欲しくない部分なのかなぁ。自分が他人からイキナリ聞かれたら僕はどういう気持ちになるのだろう。そう思いながら細君を見ると、どぶろくをラッパ飲みしていた。
池田さんはおもむろに立ち上がり。  

「ちょっと、トイレ。」

そう言って席を外された。しまった、逃げられた。そう思ったときは時すでに遅く。奥様のお話はそれ以後ナシになった。 「テープ回しますか。」ワカメさんが僕に聞く。「もう遅いよ」とも言えず、「お願いします」と言ってみる。ワカメさんの旦那さんがマイクをセットする。僕はぼんやり中身の減った鍋を見ていた。
トイレから帰った池田さんは思った通り別人のようだった。自分を奮い立たせるように好きな音楽の話を一見熱く語っていた。でもそれはあくまで一見であって、話の内容は誰某がイイとか誰某はヨクナイだとか中身のないどうでもいいお話しだった。僕が聞きたいのはやはり奥様とのことだった。きっと僕は人の生き死にと、人がそれをどうやって抱えて行くのか、そこらにしか興味がないのだろう。   

「これ僕が撮った写真です。」

ボーっとしている僕に池田さんは気を使ってくれたのか写真の束を渡してくれた。  

−見ていいんですか。

「どうぞ。」

いろんなミュージシャンを撮った写真がたくさんあった。僕は写真のことはあまりよくわからないが、それらの写 真は別段どうってことのないモノだった。その中に数枚子供の写真があった。それだけはなんだか池田さんの人生を切り取ってあるようで僕の目をひいた。「これ、お子さんですか」「ええ」。どこかの病室のような所で子供が二人立って居る。ただ立って居る。それが美しい。人はただソコに居ればいいのにやたらと情報を撒き散らす。情報は欲しい人が勝手に掴めばいいもんであって、垂れ流して良いものではない。

この子たちの母ちゃんはもう居ないのか、ナニカがイキナリ胸を衝く。イイ写 真には必ずナニカが込められている。子供達の後方に写っているのが奥様かどうか、僕は聞こうと思ってわざと忘れた。 その後、話は正月早々に亡くなった桂三木助師匠の話になり、ワカメさんの旦那のAV自慢(*3)となり、鍋が空になった所でお開きとなり、初のインタビューは無残な結果 に終わった。ごめんなさい、池田さん。 その日は雪が降ったとても寒い日だった。蒲団に入るとぼんやりと暗闇に文字が浮かんでいた。“死・に・た・い”。ソノ文字は無色透明だった。明日になったら消えていればいいが。。。。。。。。湯たんぽの中のお湯はさめずに僕の足を待っていた。

 

*1
キラキラ社はキラキラ舎かもしれないしキラキラ者かもしれない。僕はよく知らない。

*2
アメヤ・ノリミズと言います。僕の数少ない尊敬する人物の一人です。昔は絶世の美少年として鳴らしていた。現在東中野でフクロウ屋さんを経営。フクロウは霊力が高く、買い主はフクロウのようになると言われるが。飴屋さんも今やフクロウそっくりです。僕の演出作「SINO=TOGE・1999」に出演してくれました。ちなみにスリーサイズはB:100、W:100、H:100、です。

*3
ワカメさんの旦那さんは猫の餌を買いに行くとそこの店の親父に無理矢理見たくもないAVを買わされるそうで。家に帰るとこれまた無理矢理ワカメさんに見たくもないAVを見させられるそうだ。そのため、いらないAVが家にはゴロゴロあるそうなのだが。そのわりには僕のところまで回ってこないのは何故だろう。きっと夫婦でお楽しみなのだろう、ごちそうさま。

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