高橋慶史著 「ラストオブカンプフグルッペ」
正巻 絶賛発売中!(続巻近日発売予定)


大日本絵画刊 ISBN4−499−22736−4
定価3900円+消費税

1・始めに
1999年、ドイツ出張の際にドイツ国内の博物館情報をお聞きしたのが
この本の著者、高橋さんとの始めてのコンタクトでした。
それ以前からラスト・オブ・カンプフグルッペの連載で高橋さんのお名前は知っており
言わば「雑誌の向こう側の人」とコミュニケーションできるインターネットの素晴らしさを
実感した気分です。

そのラスト・オブ・カンプフグルッペがなんとか・・いやいや、やっと・・違うな、遂に!!
そう遂に!!!単行本化されたとの事で、少々遅まきながら紹介ページを作って見ました。

なお、本ページの記述は私(窪谷)が本書を見た感想、主観に基づいており、文責は全て
私(窪谷)にありますので、ご了解下さい。

著者・高橋慶史さんのHPはこちら

2・概要紹介(よいしょ!)
・・第2次大戦末期のヨーロッパ戦線、敗色濃厚なドイツ軍、そしてその同盟国軍は
絶望的状況においてもなお、戦い続けていた。

西部、東部両戦線で連合国軍を迎え撃つ枢軸軍地上部隊の中には、正規陸軍以外に
RAD(帝国勤労奉仕団)、ヒットラーユーゲント、国民突撃隊と言った少年や老人中心の部隊
さらには空軍や海軍から廻された将兵、果てはドイツ人以外の義勇兵で構成された部隊まで、
まさに末期的と言える戦闘団(カンプフグルッペ)が存在していた。

彼らは大抵ロクな装備も与えられず、補給もままならず、多くは地滑り的敗北の中に
埋もれていったが、中には勝ちに奢る連合軍部隊に手痛い反撃を与えたものもあった。

本書は時に部隊を、また時には個人に焦点を当て、そんな知られざる枢軸軍部隊の
大戦末期の戦いを紹介している。

本書は雑誌「モデルグラフィックス」及び「アーマーモデリング」誌に連載されており、
今回はその単行本化と言う事になるが、それにあたり大幅に図表や写真を追加、
公的機関からの写真にはネガ番号まで付ける凝り様で、資料としての価値も高い。

日本では意外と知られていないヨーロッパでの地上戦の一面をを知る、良い本だと思う。

3・正巻内容紹介(長いぞ)
第T部

第1章 SS長官は”冬至”がお好き?〜第106戦車師団〜

ナチス・ドイツと言えばベルリンで繰り広げられる権謀術数の数々が時々ネタになりますが
大戦末期、SS(秘密警察)長官ヒムラーと官房長官マルチン・ボルマンの間も一触触発の
状態になっていました。そこでボルマンが考えたのが「誉め殺し」または「抜擢殺し」とでも
言える方法、つまりヒットラーに焚き付けて殆ど軍事的才能の無い(と思われる)ヒムラーを
陸軍実戦部隊の指揮官に祭り上げると言う、迷惑極まりない手です。
増して当のヒムラーがこの話に俄然やる気を出してしまってさあ大変?
名づけた作戦名は「冬至」作戦・・・
こんな迷惑上司の指揮下に入った第106戦車師団「フェルトヘルンハレ」の運命は!?

第2章 バルト3国火消し家業〜SS戦車旅団「グロス」〜
先に書いておくが、バルト3国とはエストニア、ラトビア、リトアニアを差す。
ソ連崩壊直前の独立で、自分を含む日本人にもやっと記憶される様になった国々だが
大戦前は独立国だったこれら3国は1940年、ソ連に併合されてしまった。
この為ソ連に侵攻したドイツ軍は開放者として迎えられ、協力者が多かった事もあり、
情勢は1944年に至っても割と平穏であった。
しかし1944年6月に始まったソ連軍の大攻勢「バグラツィオン作戦」は東部戦線を総崩れ
状態に追いこみ、バルト3国にも危機が迫ってきた。
これに対応し急遽編成された部隊は「名無し」ならぬ「番号無し」、通常必ず与えられる
部隊番号が無いと言う、極めて珍しい戦車旅団となった。
ソ連軍の侵攻により、孤立の危機に晒された友軍部隊を救う事はできるのか?

第3章 もう一つの「遥かなる橋」〜第107戦車旅団〜
映画「遥かなる橋」(「遠すぎた橋」)で有名なイギリス軍の大空挺作戦「マーケット・ガーデン」
「遥かなる橋」で描かれた以外にもアイントフォーフェンからアルンヘムに至る道、そしてそれに
繋る5つの橋を巡ってイギリス軍空挺部隊とドイツ軍部隊の間で激しい戦いが行われていた。
作戦開始当時、このあたりにいたドイツ軍部隊はいずれもフランスから撤退し、休養や再編成を
行っていた額面はともかく実際の戦闘力は低いものばかり・・
しかし唯一、全くの偶然からこの近くに移動していた強力な部隊がいたのです、
それが第107戦車旅団でした・・・

第4章 戦車が無くても戦車師団?〜SS第9戦車師団「ホーエンシュタウフェン」〜
これも「マーケット・ガーデン」作戦での話
ノルマンディ上陸作戦とその後のフランスでの戦いでボロボロに消耗したSS第9戦車師団
彼らが休養、再編成先として指示されたのがオランダはアルンヘム近郊、つまりは
マーケット・ガーデン作戦の目標地域だったのです。
ドイツ軍にとって全くの奇襲となった攻撃開始時、第9戦車師団の保有戦車はたった3両!?
それでも彼らは必死に兵力をかき集め、反撃を開始する・・・

第5章 必敗の名指揮官〜オッペルン・ブロニコスフキー〜
この章のみ個人に焦点を当てています。
モスクワ戦、スターリングラード戦、クルスク戦(ツィタデレ作戦)、さらにはノルマンディー戦
第2次大戦の重要なターニングポイントとされるこれらの戦いはどれも最終的にはドイツ軍の
敗北に終わっています。
これら4つの戦いにいずれも参加し、しかもいつも重要なキーパーソンとして登場するのに
何故か戦えば必ず負け、ある意味現代世界に多大な貢献をしたドイツ軍人の話
やる気も能力もあるのに・・・・

第U部

第1章 ドラキュラも驚く出血ぶり〜ルーマニア第1戦車師団〜
ドラキュラ伝説発祥の地ルーマニアは大戦中ドイツ最大の同盟国でした。
東部戦線でドイツ軍と共に戦ったルーマニア軍部隊の内、唯一の戦車師団だった
第1戦車師団。ドイツからの武器供与を受けつつ、黒海沿岸で押し寄せるソ連軍を迎え撃つ
彼らの戦いは・・・

第2章 世にも不思議な枢軸軍〜ブルガリア戦車旅団/師団〜
民族的、文化的にソ連(ロシア)に近いブルガリアは枢軸同盟に加入した後もソ連への
出兵は行わず、主にドイツ占領下のユーゴスラヴィアで治安維持を行っていました。
この間ブルガリア戦車旅団はドイツからの兵器供与で徐々に強化されていましたが、
1944年9月、ソ連の侵攻とクーデターに伴う親ソ連政権の樹立により状況は一変します。
枢軸国だったのにソ連とは戦わず、始めての本格的な実戦がドイツ軍相手とは・・・

第3章 戦場のメリークリスマス?〜イタリアXMAS戦隊/師団〜
最初にネタをばらしますが、「X」はローマ数字の10、「MAS」はイタリア海軍の魚雷艇の事
つまり「XMAS戦隊=第10魚雷艇戦隊」と言う意味になります。
1943年9月のイタリア降伏までの間、保有する魚雷艇等を持って地中海や黒海で活躍した
XMAS戦隊は、イタリア降伏後も連合国側に投降するを潔しとせず、北部イタリアでドイツ軍側
に立って戦う事となります。
既に乗るべき艦艇の無い彼らの多くは地上部隊として連合国軍と戦う事になるのですが・・・
言うなれば「陸に上がった河童」その1

第4章 血のバケツ〜アメリカ第28歩兵師団〜
ノルマンディー上陸作戦後、破竹の勢いでドイツ本国を目指す連合軍部隊・・
そんな1944年後半の西部戦線で、実質2度も壊滅する憂き目にあったアメリカ軍部隊が
いました、その部隊マークがドイツ側から「血のバケツ」と呼ばれる事になる、不運な不運な
アメリカ軍部隊の話

第V部

第1章
 虎たちに明日はない〜戦闘団「シュルツェ」〜
前線から50km敵側に入った場所、周りはすべて連合国部隊
隙を見つけては敵を攻撃し、燃料は敵から奪い、捕虜を解放して部隊に加え・・・・
まさにボニー&クライドばりに戦線後方を荒らしまわった数奇なドイツ軍部隊の活躍

第2章 陸に上がったカッパと象〜第2海軍歩兵師団〜
大戦末期、乗るべきフネの無い海軍将兵はその多くが地上部隊として再編成され
最低限の装備と訓練だけで戦場に投入されました。
戦争末期も末期の1945年4月、ブレーメン南東のレーメンで自走砲「エレファント」と
共に防衛線を展開する第2海軍歩兵師団の奮戦
「陸に上がった河童」その2

第3章 1945年のヴィレル・ボカージュ〜SS戦車旅団「ヴェストファーレン」
1944年6月13日、フランスはヴィレル・ボカージュで行われた戦いは壮絶なものだった
たった1両のティーガー戦車が25両の敵各種装甲車両を撃破し、進撃を止めたのである。
同じ様な、そして知られざる戦いが1945年4月7日、敗戦まで後1ヶ月と言う時期に
起こっていたのである。
筆者現地取材による精緻な記述は必見!


・・・以下続巻に続く