★クリックすると大きい画像
がでますので、それを
右クリックでメニューをだし、
保存してください。↓
コンパスローズ
六分儀
|
つらい帆船の航海
帆船は海に浮かぶ白鳥にたとえられ、美しくまたロマンチックなものです。
燃料なしで、船と乗員のみでどこにでもいけるというのも、今の時代にむしろ
あっているようにもみえます。
しかし、帆船が活躍した15〜19世紀前半の船旅は過酷なものでした。
特に大西洋と太平洋の航路では、島1つない大海を、人工衛星のナビゲーションなしで
風まかせで航海するのです。大西洋横断に1ヶ月もかかり、また平気で到着が何週も
のびたりしたので、食料が自給だった乗客は、到着した時には
何名か餓死していた、なんてことが実際よくあったそうです。
北大西洋航路に汽船登場
19世紀後半、政府の援助をえて、民間の大型汽船が大西洋航路に登場します。
1840年、イギリスの名門キュナードラインが「ブリタニア」号(1156総トン)で
リバプール=ボストンの
定期航路の運行を開始。ブリタニアは14日ほどで大西洋を横断していました。
数年後、新大陸の拠点はニューヨークにうつり、インマンラインとホワイトスター
ラインもニューヨーク航路で営業を開始しました。
ブルーリボンをめざして
競争が激しくなると、当然、速くて船内も快適な船に人気が集まります。
1838年ごろから、大西洋航路を最短時間で横断した船に「ブルーリボン」
という賞が与えられていました。オーストラリア航路の船舶に由来した名前です。
どんな船にも見張りのためのマストがあります。
初期のブルーリボンホルダーの船は、青い長いリボンをそのマストにはためかせて、
颯爽と航海していたそうです。
大西洋を5日で横断
19世紀のブルーリボンは毎年のように更新されていました。キュナードだけでは
なく、ホワイトスターライン、グィオンライン、インマンラインなどの定期客船が
大西洋横断日数を縮めていきました。
客船は次第に大きくなり、1880年代には、インマンラインが10000トンの
シティオブニューヨーク号を就航させ、キュナードラインは13000トンの
カンパニア号を建造し、ブルーリボンを争っていました。
この頃は、汽船は平均速度21ノットをだし、大西洋横断日数はわずか5日に
縮まっていました。
モーレタニア
他の国もだまってはいません。19世紀末、ドイツのロイド社が作った
高速船「カイザー・ヴィルヘルム・デア・グローゼ」号(14000トン)が、キュナードラインのルカニア号(カンパニアの姉妹船)から
ブルーリボンを奪い、その後しばらくドイツがブルーリボンを保持していました。
しかし20世紀に入ると、キュナードラインは、蒸気タービンを装備した30000総トンという、
当時の常識でいえば化け物のように大きい「モーレタニア」号を建造しました。この有名な船は、
平均速度26ノット、大西洋を4日と10時間51分で横断し、ロイド社からブルーリボンを
奪いかえしました。モーレタニア(と姉妹船ルシタニア)は20年もブルーリボンを
保持しました。
ブレーメン、レックス、ノルマンディー
この頃作られた、ホワイトスターラインの有名な「タイタニック」号は、モーレタニア
より大きく、42000トンあります。タイタニックは、2発のレシプロエンジンと
1つのタービンという動力で、4機(すいません、プロペラ4枚ありましたよね^^;)ともタービンのモーレタニアのように速度をねらった
設計ではありません。しかしそれでも21ノット出ましたので、もしかするとブルーリボンをねらっていて、氷の海で減速しなかったのかも...という説がでるのもわかるような気も。
さてドイツのロイド社は、1930年、今度は51000トンという特大の船「ブレーメン」号を
つくり、またまた「モーレタニア」からブルーリボンを奪取しました。
しかしその直後にイタリア・ラインの豪華客船「レックス」が、29ノットを出して初めて地中海に
ブルーリボンを持ち帰り、そのまたあとフランスの超大型船「ノルマンディー」号
(79000トン)が速度記録30ノットを作ってブルーリボンを奪いました。
トロフィーができた
1935年、アメリカの議員が私財でブルーリボンのためのトロフィーをつくり、
リボンホルダーはそのトロフィー(Hales Trophy)の保持者ということになりました。
3ヶ月の記録保持や、どこからどこまで、というルールも明文化されました。
そして、
そろそろ聞いたことがある船がでてきます。
クインメリー
1936年、その名もキュナード・ホワイトスター・ラインの80000トン
の巨大高速船「クイン・メリー」号が、ノルマンディー号以上の速度をだし
再びイギリスの船がホルダーとなりました。ところが翌年ノルマンディーはリボンを奪い返し、
さらに翌年クインメリーが速度記録を更新しました。
でもクインメリーがブルーリボンを
イギリスにもって帰ったところで、第2次大戦になり、客船受難の時代となって
しまいました。この頃建造された史上最大の客船「クイン・エリザベス」号は、
戦争が終わった1947年にやっと定期航路につきました。
伝説の船ユナイテッドステーツ
1952年、アメリカの会社ユナイテッドステーツラインズが建造した
伝説の豪華汽船「ユナイテッドステーツ」号が、処女航海で平均時速35.5ノットを出し、
おそらくこれがブルーリボンの最後の保持者...とだれもが思っていました。
だって、つい最近まで、この記録が破られる気配はなかった。
現役大型客船で一番速度がでるのが、1969年建造のキュナードの「クインエリザベス2」(70000トン、
294m)で最高巡航速度32.5ノット。新しい船は乗り心地と設備を重視してそれよりずっと遅い。
1991年建造の日本郵船の豪華客船「飛鳥」(29000トン)は最高速度は21ノット、
1990年建造のさらに豪華なバハマ船籍「クリスタル・ハーモニー」(49000トン、240m)は
23ノット。
2004年デビュー、プリンセスクルーズの特大豪華客船「ダイヤモンド・プリンセス」「サファイア・プリンセス」(116000トン、全長290m)も、最高巡航速度は22ノット。
どの船も、1952年のユナイテッドステーツ号の35.5ノットにぜんぜん届きそうも
ないでしょう?
快速客船登場
が、しかし...時はめぐります。1990年代、脅威の快速フェリー登場。波浪貫通型船という、
胴体が2つ並んでるみたいな形の船です。
波をきる胴体の形は鋭いので高速がでますが、双胴なので安定していて
ゆれないのだそうです。その波浪貫通型のインキャット・オーストラリア社の全長わずか74m(飛鳥は192m、タイタニックは268m)のホバースピード・グレートブリテン号が、
1990年6月に2日と何時間かで北大西洋航路を横断し、平均速度36.6ノットをだし、38年ぶりに
トロフィーが移動しました。
この小さい客船はブルーリボンを8年間も保持しました。8年間。そう、記録はさらに更新されたのです。
キャットリンク5
1998年6月、同じインキャット社が建造した、スペインのカタロニア号が、
北大西洋航路で平均時速38ノットを出してホバースピードの記録を大きく更新、
みとめられてブルーリボンを獲得しました。ハレス・トロフィーも当然獲得と考えられ、
授与式典までやりました。しかし...「記録を3ヶ月保持」がトロフィー保持の条件ですので
本当はもらえなかったはず。カタロニアの記録はわずか1ヶ月で更新されたのです。
1998年7月、デンマークのスカンジライン社の波動貫通型船「キャットリンク5」号が、
北大西洋航路を2日と8時間で横断、平均時速39.9ノットという記録をだし、
今度はトロフィーももっていきました。
というわけで、2005年1月現在も、伝統のブルーリボンは、このデンマークの
全長わずか91mのかわいらしい快速客船が保持し続けています。
※ただし、アメリカの海運関係者や客船ファンの一部は、ホバースピードやカタロニア、
キャットリンク5は、北大西洋航路の定期船ではないことと、
純粋な客船ではない、片道しか走ってない、汽船じゃない、
などをあげて無効だといっております。(現行のハレス・トロフィー受賞の規定に
そんなものはないのだが)
また、最近になって開示されたユナイテッドステーツ号のログによると、
試験航海時に平均速度43ノットを記録しており、やっぱりユナイテッドステーツが
ホルダーだと言っている人もいます。セコイ....
おまけ・この船は?クインメリー2
2004年に処女航海を行った豪華客船は、ダイヤモンドとサファイアの王女2名だけでは
ありません。豪華客船にして高速船の、あの船がサザンプトンにもどってきました。
「クイン・メリー2」(150000トン、345m!)、
キュナード・ラインの古いロゴが飾られ、エンジンはロールスロイス、
クインメリーの重低音の汽笛まで再現したこの船は、ブルーリボンの伝統も守り、このクラスの
設備の船としてはすごく速くて、巡航速度30ノットを出します。
現在のブルーリボン・レコード40ノットは、通常ではムリでしょうけど、この船って、
乗客乗員合計2600人(本当。桁ちがってません。)のせて、30ノットだすんですよね。
で、わざとお客とか、食料とか、
積まないで航行した場合、かなり速いんじゃないかと....
|