大変美しく、大型で現役バリバリの帆船でも、フレンドリーで来日したことがあっても、
ただただ、名前が読めないためだけに、
日本では知られていない船が多数あります。いやマジで。
そういった船を中心にご紹介したいと思います。
□ダー・モジェジー--
DAR MLODZIEZY。練習船ダー・ポルモザの後継として1982年につくられたポーランドの
新鋭大型帆船で、グダニスクの造船所で作られた6隻の108mの特大3檣シップのうちの最初の1隻。
ポルモザが引退していたとは知らなかった。...でも後継って、これ、
長さにしてポルモザの2倍あるんですけど。
この船は後継をのぞむ学生らの寄付金で作られたらしく、名前の意味は「若者からの贈り物」だそうだ。白い船体に白いマストと帆で、新しいため日本丸・海王丸ほどではないが大変美しい。レース大好きで毎年あちこちに出ており、2001年のカティーサーク・トールシップレース1で総合優勝、ボストン・ティーカップ・トロフィーもとったことがある。
日本に来たことがあるにもかかわらず、
日本でまったく名が知られていないので、地中海の白鳥です、覚えてあげてください。
姉妹船は、"Mirミール" (1987),"Druzhbaドルツワ" (1987), "Palladaパラダ" (1988), "Khersonesヘルソネス" (1988) and "Nadezhdaナデジーダ" (1989)で、全てロシアの練習船である。

(C)Roger Nylund
←2003年テュルクの港でのナデジーダ号。ロシアの船でウラジオストックが母港。
・ダー・モジェジーの写真集
・ダー・モジェジーの写真集
□シュタトラート・レームクール--STATSRAAD LEHMKUHL。
1914年ドイツのブレーメンで建造された、84mの3檣バーク、現役帆船界の長老の1人。最初は「グロスヘルツォーク・フリードリヒ・アウグスト」号という名前だった。その後ノルウェーに譲られ、ベルゲン船員学校の練習船として1966年まで活躍したが、なんかの理由で1973年ごろまで港につながれてた。1978年現在のシュタトラート・レームクール財団にゆずられ、現在も客船・チャーター船などとして活躍中。船内の重厚な調度はなかなかいい感じス。
□ヘルソネス--KHERSONES。クリミア半島のケルチを母港とする、108mの大型3マストシップ。1989年ポーランドのグダニスクで建造された、総スチール製の最新型船。以上の記述と写真から想像されるとおり、ダー・モジェジーの姉妹船である。ケルチ商船大学の練習船で、主な活躍場所が黒海という珍しい帆船。「黒海の白鳥」と呼ばれていることはほぼまちがいない。
◇ミール--同じくダーモジェジーの姉妹船、ロシアのミール。宇宙ステーションと同じ名前で平和という意味。マカロフ海洋大学がオーナー。現在、2003年度の旧・カティーサーク賞をとった船で、6隻中一番速い船かもしれない。
□クアウテモク--Cuauhtemoc号。アカプルコを母港とする、メキシコ海軍の90m3檣バーク。
スペインのビルバオで1982年に作られた比較的新しい船で、練習船として使われている。
この船は特別だ。海の国でもあるメキシコのクルーを含めて、世界で最も航行性能が高い船の1隻ではないだろうか。50年の歴史がある国際帆船レースの最高賞「カティーサーク・トロフィー」を2回もらっているただ1隻の船だ。2002年のボストンティーポットトロフィーもとっている。
にもかかわらず、わけわからんスペルの名前のため、日本どころか国際的にもマイナー...。
このクアウテモクというのは、アステカ帝国最後の皇帝の名前で、実は由緒正しい名前なのである。

(C)Roger Nylund
2003年のトールシップレースのフンボルト号。緑の帆はたたまれている→
□アレグザンダー・フォン・フンボルト--Alexander von Humboldt。これは普通にドイツ語読みすればいいのだが、何ぶん長い。ドイツの帆船はこの調子でみんな名前が長い。略称はないのかと探したら、あった。「アレックスAlex」。
1906年ドイツで建造というから、来年でなんと100歳!でも、ブレーメン市の色である緑の帆をかかげる、軽快な52mの3檣バーク・アレックス号は現役ばりばりである。
アレックスは最初「ゾンダーブルク」という名前の灯台船として建造され、バルト海で使われていた異色の経歴の持ち主である。灯台船とは?たしかにマストはあるが、中央が灯台で、左右のマストは主に灯台をささえるために
あるといった船だ。名前のとおり灯台の役割をする。
戦後の1945年、彼女は「キール」という名前(ステーション名でもある)になり、やはり灯台として働いていた。1957年にはフリゲート艦と衝突して座礁、修理。しかし2年後職場に復帰。
1986年にドイツ帆船協会と企業が共同で買取り、スチールマストの青少年用の練習帆船として作り直した。しかしその直後、2万トンの貨物船に激突されて大破。改修にはボランティアも多く参加しており、さぞがっくりきたであろうが、ドイツ人粘り強いです。
ブレーメンのドックでさらに作り直されてバーク型となり、名前もフンボルトになって1988年に就航、現在に至るらしい。なお、浮き灯台「キール」は現在もある。
この船の特徴は目立つことである。小さいが赤い帆のローズ号は目立つ。しかし、そこそこ大きくて黒い船体に緑の帆のアレックスは、さらに目立つ。(帆船としての)デビューが新しいのと名前が覚えにくいのとで、同じドイツのゲオルク・スターゲほど知名度はないが、そのうち有名な船になるだろう。
◇あこがれ--大阪市がもつ52mの美しい3檣トップスル・スクーナー。初めて「一般市民むけ」練習用帆船として建造された。1993年進水、浦賀ドック最後の帆船かも。これ(と海星...すいません抜けてて^^;)の登場で帆船ボランティアの皆さんが、現役走ってる帆船で綱をひっぱれるようになった。
この「あこがれ」は、日本の帆船としては珍しく、はるかヨーロッパのレースやフェスティバルにも
積極的に参加している。もちろん自力で太平洋を横断し、パナマ運河をとおり、大西洋を横断して
欧州まで行ったのである。大西洋横断経験なんて、日本丸も海王丸もない。この有名な2隻はパナマ運河はとおったけど、行った先はニューヨークである。
2000年には"TallShip2000"、セイル・アムステルダム2000にも日本から唯一参加するなど、たいそう国際的にフレンドリーな帆船であり、こういう点はもっと評価されるべきではないだろうか。...だれか何か賞あげて...
◇海星--船籍横浜、母港三崎港、造船の町グダニスク生まれのブリガンティン。
帆装、仕上げをイギリスでボランティアが行ったという、不思議な経歴をもつ民間の
帆船です。
NPO法人日本セイリング協会が1990年〜2003年まで、乗船体験用・練習用として
運行、アジアで行われたカティーサーク・トールシップレースに参加するなど、
あこがれと同じく国際フレンドリーな活動を続けていた....過去形。市民むけセイル体験は大好評でしたが、資金難で
営業停止、現在は静かに沖縄に係留中とのこと。
◇クリスチャン・ラディック--Christian Radich.
1937年ノルウェーで建造された、純白のマストと純白のヤードをもつ72mの3檣シップ。
そのドラマな人生と抜群の容姿は帆船1でごらんください。

(C)Roger Nylund
←トールシップレース2003のS.アムステルダム
◇スタッド・アムステルダム--Stad Amsterdam.
2000年建造の62m3檣シップ。「あこがれ」と同じ市民のための船として建造され、オーナーは
アムステルダム市である。おそらく中型以上の帆船で最も新しい船で、「**海の白鳥」
が多い中、漆黒の総スチールの船体は眼をひきます。
◇ファン・セバスチャン・ド・エルカノ--Juan Sebastian de Elcano.エルカノは、16世紀初頭、団長なきあとのマゼラン船団をひきいて(あんまり植民地化も行わずに)残りの地球半周を達成したスペインの航海士である。108mの世界でただ1隻の現役4檣トップスル・スクーナーで、最愛の船。帆船2に簡単な紹介があります。
◇ザグレス2--SagresII.88mの3檣バーク、この美しい船は区別がつきやすいので帆船ファンならたいてい知っている。帆に大航海時代の
ポルトガル船の印のマルタ十字がかかれているから。
サグレス2は1937年、ドイツのハンブルクのブロムアンドフォス造船所で、
「アルベルト・レオ・シュラゲーター」号として誕生した。
彼女は第2次世界大戦中、バルト海で機雷をくらって損傷し、ブレーメンのドックで修理されていたのをアメリカが持ち帰った。
ブラジルに練習船として譲りわたされ、「グアナバラ」という名で
1961年まで使用された。そのあとポルトガルが、「初代サグレス」号の後継として購入し、海軍の練習船「サグレス2」として117の港をめぐり、現在に至る。ザグレスとは、15世紀にヘンリー航海王が、初めて船の学校を作った場所の名前である。初代ザグレス号は博物館に保存されている。
この、ブロムアンドフォス製のサグレス2の姉妹船は他に3隻あり、
めでたく全員現役で21世紀をむかえている。それらはアメリカ沿岸警備隊の「イーグル」号(旧名称ホルスト・ベッセル)、ウクライナ海軍の「タヴァリシチ」号(旧名称初代ゴルヒ・フォック)、ルーマニア海軍の「ミルセア」号(改名、譲渡なし)である。
□オースターシェルデ--Oosterschelde号。物語的にこのページのイチオシ。
東シェルデ川というオランダを
流れる川からとられた名前です。1918年建造の3檣トップスル・スクーナー。帆船としては最古の現役船の1隻である。現在の母港・ロッテルダムの親善大使として、積極的に海外をおとづれている。もちろん日本にも、はるか北海からきてくれました(1997年)。
「オースター・シェルデ」号もまた、他の長老船と同様、波乱万丈の歴史をもっている。ロッテルダムで建造後長い間、ヤン・クレイマー船長の下、商船としてヨーロッパ沿岸を航海した。戦時中はデンマークに売られて「フューレン」号となり、戦後の1954年今度はスウェーデンに売られて「シルヴァーン」号になり、
名前はともかくスウェーデンでは、マストをはずされモーター船になってしまった。以降三十年間、
マストを失った彼女はバルト海の貨物船として、静かに働いていた。
しかし、不思議なことに、帆船はその竜骨が一部でも残っている限り、必ずよみがえる。
1988年、オランダの人々が基金をつくり、この船をロッテルダム船籍に買い戻した。そして各地の博物館やクレイマー船長らの記録や証言をもとに3年以上かけて修復。1992年8月21日、「オースターシェルデ」号は、38年ぶりに白く美しい帆を掲げてロッテルダムを出港、まさに奇跡の復活をとげた。
現在のオースターシェルデは、実に果敢な船である。地中海、大西洋から太平洋、インド洋、そして北極海、南氷洋。彼女が行かない海はない。先頭のリンクをクリックして出てくる写真は合成ではない。「北極海ツアー」は彼女の売り物の1つ。この小さい帆船が、北の大海の荒天をのりこえ、流氷の中につっこんでいくのである。
オースターシェルデも、他の帆船のように一般の船客を募集しているが、要注意。何しろ「オースターシェルデの船客は大洋マニアである。安らかな航海などのぞまず、そのままの大自然の中をゆくことを愛する。」だそうですから。
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