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総合の頁 |
| 共 通 |
| 延喜式 (えんぎしき) |
弘仁式・貞観式の後を受けて編纂された律令の施行細則。 康保四年(967)施行。 |
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| 記紀 (きき) |
「古事記」と「日本書紀」。 |
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| 古事記 (こじき) |
現存する日本最古の歴史書。 神代から推古天皇の代までを記述した古典。 |
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| 式内社 (しきないしゃ) |
延喜式の神名帳に記載されている神社。 |
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| 日本書紀 (にほんしょき) |
養老四年(720)五月に完成したわが国最古の勅撰の正史。 神代から持統天皇の代までを編年体で記述。 |
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| 白雉年間 (はくちねんかん) |
孝徳天皇朝の年号。(650〜654) |
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| 八色の姓 (やくさのかばね) |
天武十三年(684)に天武天皇が整理再編した八種の姓。 |
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| 人 物 |
| 明智光秀 (あけちみつひで) |
戦国・安土桃山時代の武将。 織田信長に仕えるも、本能寺の変で信長を死に追いやる。 |
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| 朝倉義景 (あさくらよしかげ) |
越前の戦国大名。 浅井長政と連合した姉川の戦いで織田信長に敗れる。 その後、本願寺とも同盟ししてしばしば近江に出陣するも、 天正元年(1573)敗退し越前大野で自刃。 |
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| 織田信長 (おだのぶなが) |
戦国・安土桃山時代の大名。 越前朝倉を滅亡させ、越前・加賀の一向一揆をも討伐する。 |
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| 継体天皇 (けいたいてんのう) |
記紀では第26代の天皇。 名は男大迹(おほど)(乎富等)という。 在位507〜531(534)年。 |
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| 松平忠直 (まつだいらただなお) |
福井藩の二代藩主。結城秀康の子。(1595〜1650)。 元和九年(1623)二月、 二代目将軍・徳川秀忠により隠居させられる。 |
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| 源義経 (みなもとのよしつね) |
平安末から鎌倉初期の武将。 一の谷の戦いや壇ノ浦の戦いで平家を滅亡に追い込むも、 兄・頼朝に追われ自刃。 |
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| 源光秀 (みなもとみつひで) |
明智光秀のこと。明智光秀を参照。 |
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| 文武天皇 (もんむてんのう) |
第42代の天皇。在位697〜707年。 治世中に「大宝律令」の施行が行われる。 |
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| 結城秀康 (ゆうきひでやす) |
初代福井藩主。徳川家康の次男。(1574〜1607)。 |
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| 美 術 |
| 一間社 (いちげんしゃ) |
一棟の中に御神体を安置する神殿が一つの神社。 |
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| 一木造 (いちぼくづくり) |
頭部と体部とを一材から彫り出す手法による像。 |
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| 入母屋 (いりもや) |
上の部分は切妻屋根のように二方に勾配を設け、 その下に寄棟屋根のように四方に勾配のある屋根の形式。 |
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| 袍 (うえのきぬ・ほう) |
衣冠束帯のときに着用する上着。 現在も神職の装束として使用されている。 |
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| 蟇股 (かえるまた) |
古い建築で梁や破風に補強を兼ねて飾る、 カエルが股を広げた形のもの。 |
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| 切妻造 (きりづまづくり) |
棟を界に両方に流をもつ、書物を開いた形のような屋根。 |
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| 懸魚 (けぎょ) |
屋根の破風板につけ、棟木や桁の木口を隠す飾り。 |
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| 向拝 (こうはい) |
神社や寺院の正面で、屋根を前に張り出した場所。 参拝者が本殿に向かい礼拝をするところ。 |
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| 柿葺 (こけらぶき) |
ヒノキ・マキ等の木材を薄くはいだもので作った 屋根の(ふき方の)形式。 |
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| 朝服 (ちょうふく) |
皇族以下文官が朝廷に出仕する際に着用する正服。 |
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| 流造 (ながれづくり) |
神社本殿の形式の一つ。 切妻造平入りの前面の屋根を長くしたもの。 |
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| 拝殿 (はいでん) |
礼拝を行うために設けた神社の前殿。 |
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| 破風 (はふ) |
切妻屋根の両側につけた、山形の装飾板。 |
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| 本殿 (ほんでん) |
神社で神霊を奉仕する社殿。 |
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| 棟札 (むなふだ) |
建造の棟上げの時、 工事の由緒・建築の年月・建築者または工匠名などを記して棟木に打ちつける札。 |
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| 寄木造 (よせぎづくり) |
頭部と体部とを別の材から彫り出し、 その複数の部材を組み合わせる手法による像。 |
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